2009年3月31日火曜日

「全ての星は太陽を回る」ザグラド・コラソン・ダ・テッラ

原題:The Central Sun Of The Universe

■「Farol Da Liberdade」(自由の灯)収録







私たちは火の周りに集まる
あなたの愛の甘美な火
私たちは頭を膝の上に休めて
太陽が昇るのを待つのだ
太陽 太陽 太陽
世界の中心にある太陽を感じよう
太陽 太陽 太陽 私たちは今でも愛の存在を信じる

海辺にたたずみ
終わり無き夜の間中
ダイヤモンドのように輝く海を渡って
光の船がやってくるのを待つ
太陽 太陽 太陽
世界の中心にある太陽を見よう
太陽 太陽 太陽 ため息は押しやり自分の道を信じるのだ

両手と心に
剣を持つ準備ができている
正義のために闘おう
新しい世界を作ろう
すべての芸術と科学
そして音と夢は
永遠に生き続けるだろう
恐れるな 罪などない
私たちはみな大きな光を目にしている
そして私たちは大きな光へ向っている、太陽へ

人間たちの抱く夢
黄金時代が期待通りに姿を現すだろう
私たちは知っている
すべての痛み
そして全ての涙は
消え去るであろうと
私たちにはわかっているのだ

私たちは火の周りに集まる
あなたの愛の甘美な火
私たちは頭を膝の上に休めて
太陽が昇るのを待つのだ
太陽 太陽 太陽
世界の中心にある太陽を見よう
太陽 太陽 太陽 ため息は押しやり自分の道を信じるのだ

私たちにもう恐れはない 疑いの心もない
あなたの声は輝かしく明確だ
あたなの大きな声を聞きたい
太陽 太陽 太陽 世界の中心にある太陽へ
太陽 太陽 太陽 ちょっとした壁だ 飛べると信じるのだ

両手と心に
剣を持つ準備ができている
正義のために闘おう
新しい世界を作ろう
すべての芸術と科学
そして音と夢は
永遠に生き続けるだろう
恐れるな 罪などない
私たちはみな大きな光を目にしている
そして私たちは大きな光へ向っている、太陽へ

太陽とともに鼓動する
太陽とともに呼吸する
太陽とともに一つになる

We gather around the fire
Sweet fire of your love
Our heads rest on our knees
We wait for the rising sun
Sun, Sun, Sun...
Feel the Central Sun of the Universe.
Sol, Sol, Sol...We still belive in love.

We stand along the shore
Waie for ships of light
Across the diamond sea
Through the endless night
Sun, Sun, Sun...
See the Central Sun of the Universe.
Sol, Sol, Sol... thrust the sigh from you and you trust your way

Our hands and hearts are ready
To hold the sword
Fight for justice
Build a new world
All arts and science
All sounds and dreams
Will live forever
No fear, no sins.
We all see a big light
We're going to a big light, Sun!

Humans Dreams
The golden age will come through
We know
All the pain
And all the tears
Will be gone.
We know.

We gather around the fire
Sweet fire of your love
Our heads rest on our knees
We wait for the rising sun
Sun, Sun, Sun...
to the Central Sun of the Universe.
Sol, Sol, Sol... thrust the sigh from you and you trust your way

We have no more fear we have no more doubt
Your voice is brightly clear
We want to hear it loud
Sun, Sun, Sun...to the Central Sun of the Universe.
Sol, Sol, Sol...just a wall from you and you trust in flight

Our hands and hearts are ready
To hold the sword
Fight for justice
Build a new world
All arts and science
All sounds and dreams
Will live forever
No fear, no sins.
We all see a big light
We're going to a big light, Sun!

We pulse with the Sun
We breath with the Sun
We are one with the Sun

【解説】
南米ブラジルのシンフォニックバンドの重鎮ザグラド・コラソン・ダ・テッラSagrado Coração Da Terra)の3毎目のアルバムにして最高傑作の呼び声高い作品「自由の灯」から、そのラストを飾る雄大な曲。

バンド形式は取っているが、実質ヴァイオリンのマルクス・ヴィアナ(Marcus Viana)を核としたプロジェクト的なバンドなので、アルバムによってメンバーも異なる。本アルバムには男女ボーカルも参加しているが、何と言ってもヴィアナのクラシカルなヴァイオリンの響きと、雄大でおおらかなメロディーを持つ、各曲のすばらしさに尽きる。インストゥルメンタルパートはよくPFMに似ていると言われるが、それも納得の美しさと力強さがある。

加えて、ザグラド・コラソン・ダ・テッラの音楽には、どこかニューエイジ風な自然への愛、神への愛といった、包み込まれるような神聖さがある。この「全ての星は太陽を回る」の歌詞にもそういった雰囲気が感じ取れるであろう。

「あなたの甘美な火」の「あなた」は「太陽(Sun)」を指していると考えられる。擬人化しているという点では、「Sun」という呼びかけとともに、「Sol」という言い方も使われている。「Sol」とはローマ神話の太陽神のこと。ギリシャ神話ならHeliosに当たる。

ここでの太陽は、この世の闇を光り照らしてくれる存在としての太陽だ。辛いこと、悲しいことも、最後には取り去ってくれる希望の象徴なのだろう。その希望の象徴こそが、この全世界の中心に存在しているという考え方。両手と心に剣を持って戦う相手は、この世の「痛み(the pain)」や「涙(the tears)」をもたらすものか。あるいはそうしたことを避けられないこの世に生きることの苦しみか。

それでも絶対の自信を持って、太陽という希望に向って進もうと言っているのだ。そして最後にはその太陽と一体化する。まるで死後の魂が天国への旅路を全うするように。

どことなく宗教的な趣きを持ち、迷い無く力強く言い切る歌詞を、ヴァイオリン、ピアノ、フルートが美しく盛り上げていくシンフォニック大作。歌詞の、希望を信じて前へ進もうとする内容が、曲の雄大さに拍車をかけている。ザグラドらしさにあふれた名曲である。


2009年3月30日月曜日

「ユニヴァース」シンフォニック・スラム

原題:Universe

■「Symphonic Slam
シンフォニック・スラム収録






あなたの心の中にある宇宙
決して終わることのない思索
人は自らが求める役割を演じることに
専念している
つかみどころのない心の中では
満足を得ることは難しい
探し続けなければならない
わたしが見つけだせたものを見るのだ

現世の子供たちは求め続けるだろう
自分たちの目的を
おのれの魂を見つけるための
終わり無き戦いの中で

人の魂の探求が終わる前に
つかみどころのない心がすでに頭をもたげているだろう

Universe within your mind
Never ending thought
Man is in devotion
Playing roles he's sought
Satisfaction is so hard
in your elusive mind
Got to keep on searching
see what I can find

Earth's children will be searching
For their goal
In never ending battle
To find their soul

Before this quest of human spirit's done
Your elusive mind will have begun.


【解説】
カナダのバンド、シンフォニック・スラムが、バンド名をアルバム・タイトルにした1976年の唯一の作品。ティモ・レイン(Timo Lane)が初めてギター・シンセサイザーを使用したことが話題になった。

バンド名からシンフォニック・サウンド満載なアルバムかと思いきや、実際はハードロックを基本とするバンド。ギターシンセサイザーのサウンドを全面に出したシンフォニックな曲は、最初の2曲に凝縮されている。

この「Universe」はイントロにSEが使われたりして最もシンフォニック色の強いドラマティックな最初の曲。「universe(宇宙)」とタイトルがついているが、歌詞を見るとSF的宇宙のことではなく、人の心に広がる内的宇宙を指すようだ。

ここに出てくるのは「あなた(you)」、「人(man)」、「現世の子供たち(earth's children)、そして「わたし(I)」である。「話者=わたし」が語りかけている「あなた」は、「人」であり「現世の子供たち」のことであろう。ここで語られている人々は心の中に宇宙を持ち、己の役割、己の魂、己の目的を探し続けている。しかし「つかみどころのない(elusive)」心は、その探索に終わりを与えてくれない。「universe」とは混沌とした広大な空間というネガティブな意味で使われているように思われる。

「リーダーズ英和辞典」(研究社)によれば、「earth《天国・地獄に対して》この世, 現世 (this world); 《soul, spirit に対して》肉体」とある。「soul」や「spirit」を求めながら得られない人ということは、現世で肉体に縛られた哀れなる子供たち、つまり「children of God(神の子)」のことを指すと思われる。

ということは、一度だけ出て来る「わたし(I)」とは何か。「see what I can see(私が見ることのできるものを見よ)」と諭しているのは誰か。やはり「神」であろう。

つまりこの歌詞は、「神」である「わたし」が、人類に対して、心の中の暗黒の宇宙においても、
神であるわたしの見たことを道しるべとしながら、自己の探求を続けることを説いているのだと解釈した。「つかみどころのない心(elusive mind)」のために、答えを見つけることはできない。しかし探求し続けることが人としての生き方なのだと言っているかのようである。

ちなみに曲のイントロに流れるSEは、重い鎖を引きずるような音である。人は苦しみながら、己を求めながら生きていくのである。

短い歌詞だが、サウンドが非常にドラマチックなので、それこそが人に課せられた役割なのだ、とでも言うような運命的な生きることの苦しみや重みのようなものが感じられる。

ちなみにドラマチックではあるが、最初聴いた時に、メロディーラインが何となく歌謡曲っぽい感じがした覚えがある。頭の中には「京都の街が云々」みたいな歌詞が浮かびそうな感じ。その分さらに強烈に印象に残っている曲なのでありました。


2009年3月29日日曜日

「ブレスレス(神秘の女王)」キャメル

原題:Breathless

■「Breathless」(「ブレスレス」)収録







彼女はぼくの最初の恋人
あらゆる点で優雅な人
丘の斜面を身にまとい
天空を夜から昼へと変える
そして彼女を見ると僕は必ず息をのむだろう

そても穏やかなこの静けさを
夜明け前、薄明の一瞬
世界中が生まれ変わりを待つ時に
彼女はもたらす

誰も彼女の名前は知らず
誰も彼女がどうやってここに来るようになって
愛と希望を全ての人々に与えるようになったのか
知らない

この丘と同じくらい老いていながら
彼女の足下に広がる
平野に昇る朝の太陽のように若々しい
彼女に会うと
僕は必ず息を飲んでしまうのだ

She is my first love 
Graceful in all her ways 
Folding the hillside 
Turning the sky from night into day 
She won't fail to take my breath away   

So soft this silence 
She brings before the dawn 
A time of twilight 
When all the world waits to be reborn   

Nobody knows her name 
No one knows how she came to be here at all 
Giving her loving 
Hoping to everyone   

Old as the hills 
Young just like the rising sun over fields 
That lie away beneath her feet 
Ev'ry time we meet 
She takes my breath away 

【解説】 イギリスの誇る叙情派バンド、キャメルの1978年作「ブレスレス(Breathless)」のタイトル曲にしてアルバム最初の曲「ブレスレス(神秘の女王)」だ。

前作「Rain Dances」でオリジナルメンバーのダグ・ファーガソン(ベース)が脱退、代わって元ハットフィールド&ザ・ノースのリチャード・シンクレア(ボーカル、ベース)が加入というメンバー交替があったが、この「Breathless」ではさらにメル・コリンズ(サックス、フルート、クラリネット)が加入、表現の幅が広くなると同時に、そこはかとなくカンタベリー風な雰囲気も加わった。

さらにこの作品をもってオリジナルメンバーで、アンディとともにサウンドの核となっていたピーター・バーデンス(キーボード)が脱退するとことになる。メンバーの移動の激しい中で、次第にキャメルサウンドが変化していく過程にあるアルバムである。

息もつけない(breathless)ほどに美しい女性。彼女は僕だけの女性ではない。誰も彼女の名前もここへどうやって来るようになったかもしらない。それは知らないけど、彼女の存在は知っているのだろう。彼女はすべての人に愛と希望を与えているのだから。

「from night into day」、「before the dawn」、「like the rising sun」と、明け方の神秘的な夜明けからの陽光を思わせる言葉が、彼女のイメージに重なる。彼女は朝の光をもたらすような女性なのか。

逆ではないかなと思う。
それは「彼女」という人物のイメージではなく、そうした情景を彼女という「丘のように年老いて(Old as the hills)」「平野を照らす朝日のように若い」、“
自然の神のような女性”として擬人化したのではないか。

だから「わたし」がいつも息を飲んでしまうのは、イギリスの古くからある美しい田園風景のことではないか。特に明け方の静けさの中、ですべての存在が再び朝日を浴びて生まれ変わるかのような瞬間。「わたしの最初の恋人(my first love)」とは、そうした美しい自然、美しい時間に、幼い頃から触れていたことを言っているように思う。

やわらかなリチャード・シンクレアのボーカル、アコースティックギターの調べ、オーボエやフルートの音色、とても穏やかで気品のある名曲だ。

そこはかとなく漂うカンタベリーな雰囲気はこれまでのキャメルにはなかったもの。それを2曲目の「Echoes」が、アンディ・ラティマーのギターとピーター・バーデンスのキーボードと、細かなシンバルワークやスネアのドラミングが特徴のアンディ・ワードのドラムスで、一気にそれまでのキャメルの世界へ引き戻すのもアルバムの構成的に面白い。ボーカルもアンディ・ラティマーが取っている。


2009年3月28日土曜日

「至福の歌」グロープシュニット

原題:Symphony

■「GROBSCHNITT
 (
冥府宮からの脱出)より






ぼくは君を見ようとしている
ぼくの両目で君をとらえようとしている
ぼくは君に会おうとしている
この手で君に触れようとしてる

近くで君を感じたい
近くで君の声を聞きたい 聞きたい
今夜君をぼくのものにしたい

あぁ、でも君はただぼくのそばを歩いていくだけ

ぼくは君をぼくのものにしたい
頃合いを見計らって
ぼくは君を手に入れたい
ぼくのものにしたいんだ

ぼくは君と暮らしたい
いっしょにいたい いたい
今二人でいたいんだ

でも、ねぇ君、それにはどうしたらいいか教えてくれないか?


I am trying to see you
Trying to catch you with my eyes
I am trying to meet you
Trying to reach you with my hand

Try to feel you near me
Try try try to hear you near me
Try to make you mine tonight

Ah. but you are walking by

I am gonna to get you
Gonna get you just in time
I am goona to have you
Gonna make that you are mine

I'll make you living with me
Make make make you stay with me
Make us stay together now

But can you baby? You tell me how


【解説】
ドイツのバンド、グロープシュニット(Grobschnitt)の同名のデビューアルバムの冒頭の曲である。バンドは初期の頃から自作ライティングシステム、メーキャップ、パントマイムなど、演劇的要素を盛り込んだステージを行っているが、その妖しさはすでにこのアルバムにも滲み出ている。

この「至福の歌」の音楽的特徴は、最初に調子っぱずれのコーラスからボーカル部分が歌われ、その後14分近い本作のほとんどがインストゥルメンタル・パートとなる点。ボーカルパートはダブル・ドラム編成を活かしたパーカッシブで乗りのよいパート。しかし何かが妖しい。ドラムが2セットあるのにハイハットをダブルで刻んだり、スネアが小太鼓的な使われ方をしたり、どっしりとしたロックな力強さがないのだ。この不思議な音空間が実はグロープシュニットの本デビューアルバムの魅力でもある。

インストパートは実際の弦楽器の音が入るところから始まり、その後は若干ピンク・フロイドに似て、スローテンポにオルガンが鳴る中で、ギターのソロが続く。中盤から後半の盛り上がりが聞き所。ただフロイド的な浮遊間や間の妙みたいなものはなく、ギターは弾きまくっている。鳴り続けるオルガンとピアノが美しい。終盤エレクトロニクスSEが飛び交うあたりが妖しさを倍増させる。

歌詞は、よく言えば一人の女性に一途、悪く言えば妄想ストーカーのような内容である。「〜しようとしている」の繰り返し。努力しているのだろうが、「君は近くを歩いているだけ(you are walking by)」なのだ。

第2連は「Try」という動詞で始まっているが、第1連につながる「話者」の気持ちだとわかるため、すべて「I try」の省力として解釈した。つまり内容的に第1連と同じ、「話者」の行動、それも相手に伝わらない独りよがりの行動、あるいは行動にもなっていない強 い願望である。

「gonna」は「goinng to」のくだけた綴り。「〜するつもりだ、〜しようと思っている」の意。「just in time」は「ちょうどよい時に」。最後の「Can you baby? You tell me how」は、「Can you tell me how baby?」ということを「話者」が、言いよどみながら表現したと取った。

サウンドも妖しいが、歌詞もどことなく妖しい。もしかしたら「ぼく」は「君」とは一度も話したことがないんじゃないか、「君」は「ぼく」のことを全く知らないんじゃないか、そんな気さえしてしまう。冒頭の神聖な合唱隊のイメージを崩す調子の外れたコーラスの暗さが思い出される。

ボーカルパートのサウンドは威勢がよくスリリングですらあるが、若干ドラムのリズムがもたつく。そして後半のインストゥルメンタル部分は陰鬱そのものである。和訳タイトル「至福の歌」ということなのなら、「ぼく」個人の中で閉じた至福かもしれない。想いをつのらせ想像をたくましくさせて喜びに浸っている至福。現実には「僕」は、インストゥルメンタルパートに見られる闇の世界にいるかもしれない。

何とも不思議なサウンドのグループである。その不思議さがジャケットの不気味さと結びついて、独特の暗い魅力を発散している。

なお英詞は日本版LPに載っていた英文歌詞を使った。


2009年3月27日金曜日

「聖地エルサレム」エマーソン・レイク&パーマー

原題:「Jerusalem

■「Brain Salad Surgery
 恐怖の頭脳改革)収録






古代のあの足が
イングランドの山々の緑の上を歩いたのか?
聖なる子羊が
イングランドの心地よい牧草地で見られたのか?

神聖なる表情が
雲で覆われた丘を照らしていたのか?
そしてこの暗い悪魔のような工場に
エルサレムが造られたというのか?

わたしに燃える金の弓を与えたまえ!
わたしに希望の矢を与えたまえ!
わたしに槍を与えたまえ:あぁ雲よ、消えうせよ!
わたしに炎の車を与えたまえ!

わたしは精神的戦いを止めはしない
わが手に剣を休めもしない

われわれがイングランドの緑豊かなすばらしきこの地に
エルサレムを建てるまでは

And did those feet in ancient time,
Walk upon England's mountains green?
And was the Holy Lamb of God
On England's pleasant pastures seen?

And did the Countenance Divine,
Shine forth upon our clouded hills?
And was Jerusalem builded here
Among these dark Satanic mills?

Bring me my bow of burning gold!
Bring me my arrows of desire!
Bring me my spear: O clouds unfold!
Bring me my Chariot of Fire!

I will not cease from mental fight;
Nor shall my sword sleep in my hand

Til we have built Jerusalem
In England's green and pleasant land.

【解説】
「エルサレム」(Jerusalem)は、18世紀イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの長詩「ミルトン」(Milton)の序詩に、同国の作曲家サー・カールズ・ビューバード・パリーが1916年に曲をつけた合唱曲。本来の題名は歌詞の冒頭から“And did those feet in ancient time”(古代あの足が)であるが、『エルサレム』の名で知られる。(以上「ウィキペディア『エルサレム(聖歌)』より)

ということで、イギリスのバンドで史上最高のキーボードトリオ、エマーソン・レイク&パーマー(以下EL&P)の最高作と呼ばれる「恐怖の頭脳改革(Brain Salad Surgery)」(1973年)の最初の曲である「聖地エルサレム」は、EL&Pのオリジナル曲ではない。

したがってオリジナルの長詩「ミルトン」において、詩全体の中で、この部分がどういう場面をどういう意図で書かれているかは、「ミルトン」の専門的な鑑賞や研究に譲しかない。しかしここではあくまで、「恐怖の頭脳改革」の最初の曲としての「聖地エルサレム」という曲の歌詞として見てみたい。

まず語り手は、このイングランドは緑豊かな穏やかな牧草地であったと言う。かつてここには「古代の足」や「聖なる子羊」がいて、聖地エルサレムも存在していたことも知っている。「聖なる子羊」は通常イエス・キリストを指す。「古代の足」とはそのキリストの足のことか。

そして語り手は、現在のイギリスの地が「雲に覆われた丘」や「暗い悪魔のような工場」と化していることを嘆いている。ちなみに、「リーダーズ英和辞典」(研究社)によると、「dark Satanic mills 暗い悪魔のような工場《Blake の詩 `Jerusalem' (Milton の序詩) の一節; イングランド北部のかつての暗鬱な工業都市を暗示》.」とある。

かつてこのイギリスは神がおり聖地エルサレムもあったが、現代においてそれは過去のこと、すでに失われていると考えている。そして暗い工業都市から再び聖地エルサレムをこのイギリスに取り戻すために、闘おうとしている。とくに精神的な戦いを行うと叫んでいる。

これはグレッグ・レイクが歌っていることからの印象も大きいが、1969年にキング・クリムゾンが「クリムゾン・キングの宮殿」の「21世紀のスキッツォイドマン」などから伺える、現実世界への幻滅につながるイメージである。後にクリムゾンが「Starless and Bible Black」と言った、当時の若者の時代認識、時代への絶望感に近いのかもしれない。

しかし、この歌詞はその暗い悪魔のような工場が立ち並ぶ現実に戦いを挑もうとしている。それは常にオルガンやシンセサイザーと“格闘”しながら、驚異的な演奏を3人だけで繰り広げてきたバンドのイメージにつながる。実際キース・エマーソンのプレイは、高度な技術を美しく聞かせるというよりは、高度な技術を屈指して、何か普通の人間にはどうすることもできない扉をこじ開けようと、全身全霊で格闘しているかのように見えるのだ。

美しいメロディー、パイプオルガンのようなキースのオルガン、ティンパニーまで使用しドラマチックに盛り上がるカールのドラム&パーカッション。非常に勇ましい曲である。まさに幕開けにふさわしい曲。

そして格闘は2曲目から始まるのだ。


2009年3月26日木曜日

「シェア・イット」ハットフィールド&ザ・ノース

原題:Share It

■「THE ROTTERS' CLUB
 (ザ・ロッターズ・クラブ)収録




 
  オタマジャクシたちが耳の中で金切り声をあげている:

「ねえねえ、ろくでなし同好会!  
この歌の意味を教えてよ、そしてそれを共有しようよ!!」

何が起こっているのか理解する方法はないんだ

僕は昨日現状がわからなくなってしまったんだ
今となってはを目覚めさせるのは 寛大さだとわかったんだ
だからそんなふうにやっていこうじゃないか
は僕に対して気を遣わないでくれたまえ
も君や君の友だちに気を遣わないようにする
- 僕たちはそんなやり方を広めることができるだろ
急ごうじゃないか だって僕らは時間を無駄にしているんだから

本気で取らないでおくれよ、本当に、なんたる冗談!

大事なのは共有するってことだ

激しく困惑してるところに無神経に感情を吐き出したりすれば、君はうんざりしてしまうだろう

お金はどこか別のところで使ってよ
その手の安っぽい哲学で君をわずらわせたくないんだ
そんなのはテレビでやってるのを見る方がまだましさ
特に大多数は 人目を忍んで使ったヘアスプレーにちょっと注意を向けるだけさ
みせかけだけの女優が服を脱ぐ時にはね
ただ単に自分の曲線美や胸の谷間と
髪の毛のことなど完全に気にしてないというそぶりを示す時にね

本気で取らないでおくれよ、本当に、なんたる冗談!

できるのはにっこり笑って耐えることだけさ

面白くもないのに笑ったり、とても平凡な病的な感情

そんなものは君をほとほと退屈させてしまうだろう
中断しない笑いを僕におくれ、そして災厄を追い払っておくれ
そうしてくれなきゃ、ろくでなし同好会は君の耳を切り取っちゃうだろう

また再び、笑い、酒を飲み、踊り、大いに楽しみ、酔いつぶれ

できるだけ歌を歌い、君がそれを共有してくれるのを望みながら

Tadpoles keep screaming in my ear:

"Hey there! Rotter's Club!
Explain the meaning of this song and share it!"

There's no way of understanding what's been going on

I lost track yesterday
Now I found out that it's generosity that turns me on
So let's keep it that way
Help yourself to me,
I'll help myself to you and all your friends
– we can spread it around
So if you can spare it then come on and share it
Let's get on with it cause we're wasting our time

Please do not take it seriously really, what a joke!

The only thing that matters is to share it

Crass displays of acute embarrassment would make you cringe

Spend your money elsewhere
I won't trouble you with all that cheap philosophy
It's better still to watch that on T.V.
Most especially adverts of some slinky hairspray
When the plastic actresses take off their clothes
Just to demonstrate all their curves and cleavages
and subtleties quite forgetting their hair

Please do not take it seriously really, what a joke!

The only thing to do is grin and bear it
Mirthless merriment, sickly sentiments so commonplace
It would bore you to tears
Give me non-stop laughter, dispel disaster
Or the Rotter's Club might well lop off your ears

Laughing and drinking, dancing, grooving, stoned again

Falling over singing, hoping that you'll share it

【解説】

カンタベリーミュージックの一つの頂点と言われるハットフィールド&ザ・ノースのセカンドアルバム「ロッターズ・クラブ(Rotters' Club)」(1975)から、最初の曲「シェア・イッット(Share It)である。

冒頭いきなりのボーカル曲で、リチャード・シンクレアが甘く安定した歌を聴かせてくれる。カンタベリー・ジャズロックを期待していると肩すかしをくらったような感じだけれど、この力の抜け加減がカンタベリー的とも言える。Caravanの「グレイとピンクの地」の冒頭を飾る「ゴルフ・ガール」を思い起こさせる。


しかし同じ歌ものにしては、この「ロッターズ・クラブ」の方がはるかにリチャード・シンクレアの歌唱に力がこもっている。それはバックのメンバーに影響されてのことかもしれない。


フィル・ミラーのギター、デイヴ・スチュワートのキーボードが、音に厚みと彩りを加える。Caravanよりロック的なパワーがある。


歌詞は、混乱してしまって歌の意味をうまく説明できないでいる自分を描く。耳の中でオタマジャクシが「ろくでなし同盟(Rotters' Club)」と叫んでいる。オタマジャクシは音符の比喩か。ろくでなし同盟はバンドを暗に指しているのか。「歌の意味を教えておくれ、そして共有しよう!」とオタマジャクシは叫ぶ。音楽がバンドにどんな音楽が作りたいんだい、どんな意味やメッセージをそこに乗せたいんだいと聞いているかのようだ。

しかし「僕」はどう曲を作って、どう意味付けしていこうか、もうわからなくなっている。まあ気楽に行こうよとオタマジャクシ、つまり“音楽”に言っている。「本気で取らないでくれよ、なんたる冗談だろう!」と言う言葉が、歌詞の意味を掘り下げる無意味さを指しているかのようで面白い。「大切なのは共有すること(share it)なのさ」という、一緒に楽しむことが大事だと言っているのだ。音楽は意味ではない、共有して楽しむことなのだ。

2連の「generocity that turns me on」の「turn on」や最終連の「stoned again」は、共に「ドラッグを使う」「(ドラッグで)恍惚となった」という意味も持っている。そこはかとなく、一緒に享楽に溺れようぜと言っているようなところも感じられる。

ちなみに「リーダーズ英和辞典」(研究社)によると、「turn on, tune in, drop out (しびれて目ざめて抜け出せ)」という1960 年代のカウンターカルチャーで LSD を若者に奨励するスローガンだそうで、「薬をやって, カウンターカルチャーの環境に波長を合わせ, 社会から脱落せよ」というほどの意味として知れ渡っていたという。ヒッピー文化の教祖的存在であった Timothy Leary (1920‐96) が 66 年に行なった講演中で述べたことばに由来するらしい。

いずれにしても、そこに難しい意味や含蓄を求めず音楽を共有しようとアルバム冒頭で宣言した上で、その後に驚異的なインタプレイの応酬ながら、ポップさと美しさを秘めたインストゥルメンタルが続いていく。

ちょっといい感じの力の抜け加減が、作品全体の取っ付き易さを象徴している一曲。

2009年3月25日水曜日

「リサイクルド(5〜7)」ネクター

原題:Recycled

■「Recycled」(リサイクルド)収録







5. 再循環
ここ、そこに、新しい奇跡がゆるやかにやって来る
月光に照らされた海のように、姿を変え、ゆがんだかたちで
…そうかあなだは望むもの全てを手にしていたのか
列を作れ、恐れるな
人類の新しい運命がここにある…あなたはそう耳にする。

鳴き鳥、再循環、おなじみの懐かしい音楽
依然としてあなたは奴隷のように前へ進み続ける、全て消費されるまで。
…しかし私はあたなが求める人生を手に入れるのを目にするだろう、
列を作れ、恐れるな
あなたをここへ連れてきたのは人類だ…あなたはそう耳にする

6. 真実への飛翔
あなたは汚れていない砦で暮らしている、
ガラスの壁に取り囲まれて、
頭を地面に突っ込んで資源と闘っている
民族の切迫した要求は、他の民族の欲望を満たす
下へ下へと下降しながら。

コンクリートのジャングルを横切って飛べ
空高く雲の中を
とても誇り高くそびえる水晶の山々を見上げながら。
不思議に思う必要は無い
自然はゆっくりと死んで行く
下へ下へと下降しながら。

7. 終わりのある空想
あなたには見えるか?見えるか?
見えるか?見えるか?
通り過ぎて行ったある生命の廃墟を、
空を照らす燃え盛る塔によって囲まれながら
あなたは自分がワシの王だと想像してみなさい
目には涙を浮かべ、
あなたはわれわれに残された時間はたいして多くないことに気づく
下へ下へと
下へ下へと

5. Recycling
Here, there, new wonders gently steal,
disguised distorted like moonlit seas
...and I see you've taken all you need,
queue up, don't fear
there's man's new fortune here...you hear.

Song-birds, recycling, the same old tune,
Still you slave onwards, 'till all is used. ...tho' I'll see
you'll get the life you need,
queue up don't fear,
it's the man who brought you here...you hear.

6. Flight To Reality
You live in stainless forts,
with glass walls around,
Fight against resourses with your head in the ground,
A nation's urgent need fulfils another's greed
going down down
down down down down down

Fly across the concrete jungle
high in the clouds
Looking up to crystal mountains so proud.
No need to wonder why
nature slowly dies
going down down down
Going down down down
down down down down.

7. Unendless Imagination
Do you see? Do you see?
Do you do you see? Do you see?
Do you see the ruins
of a life gone by?
Built upon by burning towers
lighting the sky,
Imagine you're the prince of eagles
tears in your eyes,
Do you see there's not much time
before we go
down down... down down down down


【解説】
ネクター「Recyled(リサイクルド)の旧LPA面7曲の後半5〜7である。現在の世界を形作っていた“自動制御装置”が消耗し、旧世界を支配していた「あなた」が限界に達したことにより、あたらしい“自動制御装置”と新しい支配者「わたし」へ世界は移行する時期が来ている状況にあった。「かれら」、つまり時の権力者、帝国の支配者たちは全てを手に入れながら、多大なムダなる廃棄物、ムダなるエネルギーを人目を避けて排出していた。

そして「5. 再循環」が始まる。新しい奇跡、人類の新しい運命が始まる。「あなた」は自分のやり方を捨てる事ができず奴隷のように進み続ける。それが「あなた」の人生を手に入れる「あなた」のやり方なのだろう。それは結局人類があなたをここに導いてきた結果なのだ。

「列をなせ、恐れるな」と、「わたし」は再循環の変化の中で、新しい秩序を作っていこうとする。旧世界の「あなた」を哀れみながら。

その「あなた」に旧世界を見せようとするのが、「6. 真実への飛翔」だろうか。一見汚れのないガラス張りの砦に暮らしていながら、「頭を地面に突っ込んで資源と闘っている」とは、石油や石炭などの自然のエネルギーに依存している姿か。そのエネルギーが欲しくてたまらない民族は、そのエネルギーを所有する民族の欲望を無視する事はできない。そうした旧世界の仕組みが、再循環の中で壊れていく。自然はゆっくりと死んでいく。新しい世界、新しい人類の運命が回り出す。

「7. 終わりある想像」
飛翔を続けながら、「Do you see?(見えるか?)」と「わたし」が「あなた」に問うている。これらの、過ぎ去った人類の「ruins(廃墟)」が。「prince of eagles」は「ワシの王」とか「ワシの王子」とかいうことだが、「eagle eye」が「人の行動を監視する人」という意味を持つように、良く観察することを命じているのだ。「tears in your eyes」とは「(その惨状に)目に涙を浮かべながら」。

「自然もゆっくり死んでいく」中で、すべての秩序が新しく生まれ変わろうとする今、「ワシの王」を想像して現状に目を配ることすら限界(unendless)になる。「Do you see there's not much time before we go down down...」は、飛翔を続けている旧支配者である「あなた」と新支配者である「わたし」が、このままもうすぐ落ちていくのだと言いたいのか。

サウンド的には「5. Recycling」で静かなパートになる。再循環の始まりは避けられないことを諭すかのように。そして「6. Flight to Reality」から再びスピードがアップし、タイトル通り飛翔するかのごとくグングン進んでいく。「7. Unendless Imagination」では、さらに合唱団が加わり、大きな盛り上がりをもってクライマックスを迎える。最後の爆発音のような音は、旧世界が終わる瞬間なのか。その後静かに流れるゆったりとした平和な音が、全てが終わった事を印象づけるかのようだ。

ハードなリズムとギター、そしてボーカルを核とし、メカニカルなシンセサイザーを活かしながら、ハイテンションで突き進んでいく
旧LPA面の1〜7は、新しい世界への再循環のための現在の世界の崩壊と消滅に向って行く様子が描かれていることがわかる。

そこに聖書的な人類の審判の日を見ることも、現実のエネルギー問題や自然破壊問題を見ることも、できるだろう。ちなみに「Recycled」の発表は1975年。第4次中東戦争の勃発が1973年、それに伴ういわゆる“オイルショック”が広がるのが1973年から1974年にかけて。おそらく初めて、欧米先進国の繁栄が中東の石油に大きく依存していることが実感された時期であろう。

本アルバムのテーマに、そのことが影響していないとは言えないのではないだろうか。そしてそうした経済システムや結果的に起こっている環境破壊など、ここの作品で現された危機意識は、現在にも大きくつながるものであろうと思う。

その後の世界のヒントは、旧LPB面にあたる「8〜11」に隠されているかもしれない。いずれ取り上げる事にしたい。


2009年3月24日火曜日

「リサイクルド(1〜4)」ネクター

原題:Recycled

■「Recycled」(リサイクルド)収録







1. 再循環(インストゥルメンタル)

2. 自動制御装置の消耗

3. 再循環カウントダウン
話をしながら落ち着け さいは投げられたのだ
終日、理性は保たれている
ここで何が起こっているかをしっかりと見るのだ
見るのだ、恐れのない日はないことを それがここにある!

落ち着け 私は自分の分担を受けねばならない
世界を前にして 私はそう宣告され立っているのだ。
一日の終わりに これらの言葉に耳を傾けろ
それは早過ぎも遅過ぎもせず まさにその瞬間にやって来るのだ。

おお、あなたはそれを完全に自分のやり方でやっていたのか
たった今、消耗の固まりを回収することを。
状況を明らかにせよ;
機械を替えるのだ!

4. 自動制御恐怖観察器
千もの広大な帝国が存在する時代を探索するための目印となる、コンクリート廃棄物の放出の網の目、人類の耳には語られなかった言い伝えの払拭。鉄の軸が星を捕らえる間、自然の供給物…かつては無数にあった…は今は不気味な静けさに陥っている。再循環されたエネルギーは、かつてのものと同じような命のかたちを作り上げる…今、生存競争ですでに使われたパターンから、新しいカタチが形作られるのだ!

あなたはわたしに心を無くしたと思わせようとした
しかし違う、それはあなただ。
あなたは今に至るまで、よりよい時代を築くと考えていたが、
しかしそれは終わりを告げた。

あなたの砂上の楼閣は
あなたの無力な両手に手を差し伸べる
下へ下へと下降しながら

彼らは全てを手に入れる
そしてさらに多くを手に入れる…今日において、
誰も自分の過ちに
まったく気づかないだろう、

彼らはあなたが一段下がる手助けをするだろう…
深く座り、あなたが落ちて行くのを見ているだろう
下へ下へと下降するのを


1. Recycle
2. Cybernetic Consumption
3. Recycle Countdown
Talk away, the die is cast
all the day, the reasons last.
Just look what is happening here
see, never a day without fear...It's here!

Calm me down, I have to share
before the world I stand declared.
Hear these words at the end of the day
come never a moment too soon. or late.

Man! You had it all your own way,
Now, salvaging blocks of decay.
Clean the scene;
Change machines!

4.Automation Horrorscope
Webs of concrete giving off waste dust that marks the search of an age of a thousand vast empires, Sweeping away legends untold to human ears. While shafts of steel clutch the stars, natural supplies...once numerous..now lapse into eerie silence. Recycled energy becomes the only form of life as it was... now new forms are moulded from patterns already used in a struggle to survive!

You had me thinking that I lost my mind
but no, it was you.
Thought you'd make it to a better time
'til now, but it's through.

Your castles made of sand
hold out your helpless hands
going down down down
down down down down

They take it all then take much more...today,
no man could ever realize
his mistakes,
They will help you one step down...
sit back... and watch you drown
going down down down
Going down down down
down down down


【解説】
イギリス出身ながらドイツを中心に活動をしていたバンドNektar(ネクター)が、1975年に発表したシンフォニック大作にして大傑作の「Recycled(リサイクルド)」。曲数は11曲収録されているが、全曲通して「Recycled」という曲で、それが11のパートに別れていると考えた方がよさそう。

実際各曲はつながっており、旧LPで聴くとA面1曲、B面1曲で、A面の終わりからB面の最初へと自然なつながりになっている構成。全2曲。さらにCDで通して聴くと、シリアスな前半とちょっとトロピカルな後半に分かれる全1曲とも取れる。

Yesの「Close To The Edge」のような、ハイスピードで異空間を突進しているような感覚を憶える強烈な作品。ただYesと異なるのは、Nektarはギタープレイやボーカルが“ハードロック”しているのだ。“プログレメタル”とは違う“プログレハード”に近いが、そこにゲストのラリー・ファースト(Larry Fast)のサイバーなシンセサイザーが効果的に使われることで、個人プレイよりも曲の魅力と全体の疾走感で聴かせる、まさにプログレッシブな名作となった。

今回は旧LPのA面をひとかたまりとして、まず1〜4までの歌詞を見てみたい。
ここには「you(あなた)」と「I(わたし)」と、「they(かれら)」が出てくる。後半には「we(わたしたち)」も加わる。それぞれがどういう関係なのかが大きな問題だ。

まず「recycle」は「再循環」。もう再度利用すること。循環して利用すること。それには一つの循環の終わりがあるはず。「3. 再循環カウントダウン」では、古い体制を司っていた「you(あなた)」から、「I(わたし)」へと役割が移行する様が描かれる。「salvaging blocks of decay(消耗品の山を引き上げる)」仕事だ。それは自分の選択ではなく、自分の役割として宣告された(declared)のだ。わたしは行動し始める。そして命令する。「状況を明確にせよ」「機械を取り替えよ」と。それは「2. 自動再生装置の消耗」に呼応する。

「4. 自動制御恐怖観察器」では、イコライジングされた声が、機械がしゃべるように言葉を発する。歴史上広大な帝国ほど多大な廃棄物、多大なムダなエネルギーを放出している、人目を避けて闇へと。自然からの供給物は途絶え、再循環されたエネルギーが新しい命のカタチが生まれる。

自然を破壊し自然のエネルギーを蕩尽しつくしてきた人類は、再循環エネルギーによって新たな人類として生まれ変わる。「わたし」に課せられた役割とは、この新しい人類を率いることか。

しかし「あなた」は簡単にはその役割を「わたし」に譲ろうとはしない。「あなた」のやり方で「they(かれら)」、つまり時の権力者、帝国の支配者たちは欲しいもの全てを、手に入れてきたのだ。しかしその支配者たちからも、あなたは見放される。そんな人間が支配する世界。

「あなた」とか「わたし」と擬人化されているのは、時代を司る歴史の流れだろうか。その世界を支えている体制だろうか。今ひとつの世界が崩壊(go down)しようとしている。

サウンドはハードで、ドラムスはマーチングバンドのようにスネアを叩き続ける。エネルギーは再循環されようとし、現在の世界が崩壊する瞬間へ、ひた走るようだ。


2009年3月23日月曜日

「南の空」イエス

原題:South Side Of The Sky

■「Fragile」(こわれもの)収録







越えるべき川そして山
山々では日の光は時として弱まる
南側の周辺
叫びたいほどの寒さ
我々にとってその日ほど寒い日がかつてあったろうか
まるで永遠なる世界から百万マイル
遠く離れているかのようだった

前へ進めと友はそれだけを叫んでいた
さらに深くどこか我々が横になり
休息を取れる場所に向って
寒さが妨害する中で
我々にとってその日ほど寒い日がかつてあったろうか
まるで永遠なる世界から百万マイル
遠く離れているかのようだった

全ての雑音の中で一瞬一瞬が消えて行くように思えた
吹雪そして励ましの声
空の暖かさを伝える声
死ぬときの暖かさを伝える声
我々にとってその日ほど暖かい日がかつてあったろうか
まるで永遠なる世界から百万マイル
遠く離れているかのようだった

山々では時として日の光は弱まる
川はその犠牲を無視して
空に溶け込むことができる
死ぬときの暖かさ
我々にとってその日ほど暖かい日がかつてあったろうか
まるで永遠なる世界から百万マイル
遠く離れているかのようだった

A river a mountain to be crossed
The sunshine in mountains sometimes lost
Around the south side
So cold that we cried
Were we ever colder on that day
A million miles away
It seemed from all eternity

Move forward was my friend's only cry
In deeper to somewhere we could lie
And rest for the day
With cold in the way
Were we ever colder on that day
A million miles away
It seemed from all eternity

The moments seemed lost in all the noise
A snow storm a stimulating voice
Of warmth of the sky
Of warmth when you die
Were we ever warmer on that day
A million miles away
We seemed from all eternity

The sunshine in mountains sometimes lost
The river can disregard the cost
And melt in the sky
Warmth when you die
Were we ever warmer on that day
A million miles away
We seemed from all of eternity


【解説】
Yesが飛躍的にその音楽性を高めた1972年発表のアルバム「Fragile(こわれもの)」からの一曲。旧LP時代ではA面ラストの曲。なかなかライブでは再現が難しい曲のようで、最近までライブで演奏されたことの好くなかった曲。そう言う意味では隠れた名曲と言えるかもしれない。

LPレコードの解説には「ストーリーは、山登りを志す男の話に見えるが、これは人生の中でもがきながら生活していく男の話だとのこと。(メンバーのビル・ブラッフォードの談話)」とある。

また「イエス・ストーリー 形而上学の物語」(ティム・モーズ、シンコー・ミュージック、1998年)によれば、ボーカルのジョンが次のように述べている。

「ある記事を読んでいると、眠りと詩は隣り合わせにあると書いてあった。僕はこれをすごく詩的だと思ったんだ。だれも死がどんなものか本当は分かっていないからだ。死はこれまでずっと悪い意味で使われてきていた…おまえも死ぬんだぞ!とかね。でもこれはとてもおかしな考えだ。だって、生命はすごく美しいものなのに、死が美しくていけないわけがないだろ?死は生命の延長線上にあるに違いない。“南の空”は、あの山を登りつづけて一生懸命頂上へたどり着こうとする様子を歌ったものだ。著上へたどり着くにはさまざまな変遷を経ないといけない。それが永遠の眠り、あるいは来世ということなんだ。“南の空”はそても神秘的な曲なんだよ。」

う〜む、具体的な描写を人生に照らし合わせるだけでなく、生命や死にまでイメージを広げてしまうところがジョンらしいというか。

まず両者のコメントから比喩的に山登りの困難さを歌っていることがわかる。日の光は弱く、時に吹雪、南側の空だから本来は陽が自分たちを照らしてくれるはずなのに、叫びたいほどの寒さ。

「eternity」とは「死後に始まる永遠の世」という意味がある。「わたしたち(we)」が休息を取る場所を探しつつ、寒さと闘う時思うのは、死後の永遠なる世界にたどり着くには、まだまだ果てしなく遠くまで行かねばならないと言うこと。

しかし第3連、第4連では「warmth when you die」という表現が出てきて、「cold」から「warmth」へと受ける感覚が変わっている。しかし「warmth when you die(死ぬときの暖かさ)」とあるように、生きている時のcoldな試練と対比させて、死ぬとき・死んだ後のwarmthが歌われているのだ。これほどその暖かさを感じた日はあったろうか、とさえ思う。それだけ死に近いところで奮闘している。

それでもまだまだ「eternity」までは限りなく遠い。
「死」を肯定し美化しながらも、一生懸命coldが「in the way」(妨害する)中を突き進んで行くことで、その結果として最後の最後に「eternity」にたどり着き、本当のwarmthに包まれるのであろう。

宗教的ですらある。しかし辛い人生を生きるて死んでいくことは、決して残念なことではなく、さらに美しい世界がそこに広がっているという、生きる希望を歌った曲だと解したい。

サウンド的には、ビル・ブラッフォードのロックなドラミングが堪能できるスリリングな曲だ。強力なバックのサウンド、それにも負けないジョンの力強いボーカル。ソロ曲とバンドの曲が交互に配置されている「Fragile」では、バンドでの力強い曲が大きな魅力を放つ。この「South Side Of The Sky」は、ストレートでドラマティックで、詞的にも前向きな、非常に魅力的な曲だと言えよう。


2009年3月22日日曜日

「もしも」ピンク・フロイド

原題:IF

■「
Atom Heart Mother」(原子心母)収録








もし僕が白鳥なら、飛び去ってしまうだろう。
もし僕が列車なら、遅れてくるだろう。
そしてもしわたしが善人なら、
今よりもっとたびたび君と話ができるだろう。

もし僕が眠っていたなら、夢を見ることもできるだろう。
もし僕が何かを恐れているのなら 隠れることもできるだろう。
もし僕の気がふれてしまったら
お願いだから僕の頭のことを悪く言わないでおくれ

もし僕が月だったら、冷静でいられたろう。
もし僕が規則なら、それを曲げるだろう。
もし僕が善人なら
友だちとの間の距離を理解できただろう。

もし僕が独りぼっちなら、泣いただろう。
もし僕が君と一緒にいられたら、それで目的は達成だ。
もし僕の気がふれてしまったら、
君はまだ僕をゲームに加えてくれるかい?

もし僕が白鳥なら、飛び去ってしまうだろう。

もし僕が列車なら、遅れてくるだろう。
そしてもしわたしが善人なら、
今よりもっとたびたび君と話ができるだろう。

If I were a swan, I'd be gone.
If I were a train, I'd be late.

And if I were a good man,
I'd talk with you more often than I do.

If I were asleep, I could dream.

If I were afraid, I could hide.
If I go insane,

Please, don't put your wires in my brain.


If I were the moon, I'd be cool.

If I were the rule, I would bend.
If I were a good man,
I'd understand the spaces between friends.

If I were alone, I would cry.
And if I were with you, I'd be home and dry.

And if I go insane,

Will you still let me join in with the game?

If I were a swan, I'd be gone.
If I were a train, I'd be late again.
If I were a good man,
I'd talk with you more often than I do.


【解説】

アルバムタイトルの「Atom Heart Mother(原子心母)」というのは、日本版LPの帯のコピーが「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり」と、初めて“プログレッシヴ・ロック”という言葉が使われたことで有名な、1970年作の大ヒット作。


タイトルは「原子力で稼働するペースメーカーを移植されていた妊婦についての新聞記事から取られた」(「ピンク・フロイド Story & Discograpy」和久井光司、松井巧、管岳彦、岩本晃市朗、池田聡子、ビー・エヌ・エヌ、1999年)という。正確には1960年代に一般的に使われていた「原子力電池」のことだろう。その後1970年以降はリチウム電池に取って代わられているという。

旧LPのA面をすべて使ったアルバム・タイトル曲が有名だが、旧LPのB面の小曲もそれぞれ魅力的。「If」はベースのロジャー・ウォーターズ(Roger Waters)の曲。アコースティックギターを爪弾きながら静かに淡々と歌う曲。

「If I were ..., I would ...」という表現が多く使われるが、これは仮定法でも「実際にはそうではない」という意味合いが含まれている表現。だからその方がよければそうしたい、というよりも、できないけど、もし可能だと仮定したら、というあくまで非現実的な仮定の話。ただし「If I go sane,」だけは、もしこうなってしまったらと、現実の可能性のある仮定。

実際にはできないけれど、「僕」はもっと「君」と話ができること、「君」と一緒にいられることを求めている。第1連で仮定しているのは、「君」のそばから逃げ出したい思いか。だって本当はもっと話がしたいのに、自分が「good man(善人)」ではないと思っているから。

第2連で「もし気がふれして待ったら」と仮定した時に、「Please don't put your wires in my brain」と言うが、「put the wire on (人) 」が「〜を中傷する、そしる」という意味を持つ熟語。そこから(人)の部分が(物=脳)となったから「on」から「in」に前置詞が変わったと見て「僕の頭を悪く言わないで」と訳した。

「僕」は独りぼっちでもないけれど、君と一緒でもない。君のゲームに参加しているような気分で、ちょっと話ができる程度の関係。友だちとの距離感もうまくつかめず、非常に中途半端な、どうしていいかわからない。不安定で孤独で自分に自信がなく
閉じこもった状態。気がふれるかもと思うような追い詰められた感覚が痛々しい。

「home and dry」は「目的を達して、成功して」という意味になるので、「君」と一緒にいられることが一番のこと。でもむしろ自分の気がふれても見捨てないでいてという、マイナス思考でしか彼女への思いは描けず、自分の中で閉じてしまっている。

そこには将来の「The Dark Side Of The Moon(狂気)」や「The Wall(ザ・ウォール)」の萌芽を見ることもできるかもしれない。あるいは脱退せざるをえなかったシド・バレット(Syd Barrett)のことが頭にあったのかもしれない。視線は内側へ、自分の内面へ向って、静かに自分を責めているようでもある。

しかしそこには強い自己批判や自己憐憫の感情は現れていない。逆に周りに責任転嫁しようと牙を剥いているわけでもない。淡々とそんな自信のない不安定な自分を受け入れているところが、繊細で優しさあふれる歌となったのだろう。

ラブソングである。しかしどこか精神的な危うさをはらんでいるところが、普通のラブソングにはない大きな魅力なのだ。


「ゲームズ」タイ・フォン

原題:Games

■「
Windows(ウィンドウズ)収録







ゲーム 君はのゲームの中でぼくを見失った
ゲーム それは決して同じようには終わらない
泣きなさい 涙をためこまないで
時が のすべての恐れを消し去ってくれるでしょう

ゲーム 金の砂に洗われて
ゲーム あなたと二人手をつないで
空まで高く立ち上る波
夜が終わるまで飛び続けたこと

愛は消えてしまった もし君が残るとしても 僕を自由にしておくれ
君は僕にとって掛け買いのない人だってことがわからないのかい

Gemes you lost me in your games
Games Just never end the same
Cry don't retain all your tears
Time will vanish all your fears

Games washed by the golden sand
Games you and I hand in hand
Waves rising high to the sky
Fly till the end of the night

Love is gone if you stay let me have my way
Cant't you see you're the one


【解説】
フランスの叙情派プログレッシヴ・ロックバンドタイ・フォン(Thai Phong)のセカンド・アルバムから「Games」(ゲームズ)である。ファースト同様セカンドも傑作アルバムであるが、ドラムのリズムの切れや全体の音のまとまりなどは、さすがにファーストより完成度が高い。しかしそれは好みの問題。どちらも叙情的な音としては一級品。

この「Games」は、丁度ファースト・アルバムのシングルヒット曲「シスター・ジェーン」と同じような曲調の、切々とハイトーンボーカルが感情を込めて盛り上がっていく曲だ。曲順としてもアルバム2曲目。

ただし歌詞を見てみると、「シスター・ジェーン」とは正反対の内容。「シスター・ジェーン」が自分を捨てていった女性に、オレを捨てて行かないでくれと訴え続けるのに対し、この「Games」では、男が女を残して去って行くという歌詞だ。

まずタイトルの「Games」。ゲーム。つまり恋愛だと思っていたのに、君はゲームでもするように楽しんでいただけなんだな、という男の気持ちだ。gamesと複数になっていて、歌詞の中でも「just never end the same」とあるように、男は彼女が男を手玉に取るゲームを楽しんできた中の一人、でもいつも同じように君の思う通りにはならないんだよ、ということか。

女は泣いている。しかし男はゲームのような関係に疲れ、愛を失ってしまったのだ。時が恐れを消し去り、きっとその辛さを癒してくれるだろうと言いながら、君がここに残る(このままを望む)としても、僕は去らせて欲しいと言う。

「Love is gone(愛は消えてしまった)」と言いながら、「let me have my way」はお願いする言い方だ。だからもしかすると別れないのかもしれない。gameをするような恋愛の仕方はやめようと、女にわからせようとしているのかもしれない。この悲しく感情がほとばしるようなメロディーやボーカルを聴いていると、そんな気もしてくる。男も彼女を愛しているのだ、ゲームのような恋愛に疲れていたとしても。

最後の行の「Can't you see you are the one」が難しい。「one」だから「一人」、つまり「君はもう一人になんだって気がつかないのかい」となりそうな気もする。しかし「the one」という言い方がひっかかる。それなら「You are alone」とか言いそうな気がするのだ。

そこで「the one」を「選ばれた人」という風に解釈した。つまり「本当にただ一人君のことだけが好きなのに、わからないのかい」と。あぁ〜泣ける。

2連は2人の幸せな時を思い出しているのか。だからこそ悲しいのだ。幸せだった時間があるからこそ悲しさは大きくなるのだ。曲のイントロに聴こえる潮騒の音がダブる。

「Games」は「Sister Jane」ほどストレートな愛の表現はない。むしろ一見冷静な別れの宣言に見える。立場も残された側ではなく去る側だ。しかしこの歌詞がメロディーに乗る時、「Sister Jane」と同じくらいに、愛する苦しみや別れる悲しみに満ちてくる。曲の構成が二番煎じ的ではあるが、やはり胸を打つ名曲と言えるだろう。