2009年8月22日土曜日

「エレファント・トーク」キング・クリムゾン

原題:Elephant Talk / King Crimson

ディシプリン(Discipline)収録








おしゃべり だだのおしゃべり
討論 同意 助言 解答
歯切れの良いお知らせ
どれもただのおしゃべりさ…

おしゃべり ただのおしゃべりだ
ばぶばぶ ぺちゃくちゃ ひやかし 口論 口論 口論
大騒ぎ たわごと 派手な宣伝
どれもただのおしゃべりさ あと 口答えも…

おしゃべり おしゃべり おしゃべり ただのおしゃべり
論評 常套句 解説 論争
ペチャクチャ むだ話 むだ話 むだ話
会話 反駁 批評
どれもただのおしゃべり くだらないおしゃべりだ

おしゃべり ただのおしゃべり
討議 論議
今度はDで始まる単語だぜ
対話 対話劇 酷評 喧嘩
大演説 曖昧な言葉 曖昧な言葉

おしゃべり ただのおしゃべり
うんざりなおしゃべり 世間話 中傷
表現 社説
説明 感嘆 誇張
ぜんぶ おしゃべり
つまらないおしゃべり
つまらないおしゃべり
つまらないおしゃべり…

Talk, it's only talk
Arguments agreements advice answers,
Articulate announcements
It's only talk ...

Talk, it's only talk
Babble burble banter bicker bicker bicker
Brouhaha balderdash ballyhoo
It's only talk, backtalk...

Talk, talk, talk, it's only talk
Comments cliches, commentary controversy
Chatter chitchat chitchat chitchat
Conversation contradiction criticism
It's only talk, cheap talk...

Talk, it's only talk
Debates, discussions
These are words with a 'D' this time
Dialog duologue diatribe dissension
Declamation double talk double talk...

Talk, talk, it's all talk
Too much talk small talk talk that trash
Expressions editorials
Explanations exclamations exaggerations
It's all talk
Elephant talk
Elephant talk
Elephant talk...


【メモ】
キング・クリムゾンが1981年に発表した傑作。1969年の「クリムゾン・キングの宮殿」から1974年の解散までに作り上げた叙情性を排し、伝説的キング・クリムゾン像を自らぶち壊し、賛否両論が吹き荒れる中、現在につながる新しい音楽探求への飽くなき意欲と姿勢を打ち出したアルバムと言える。

その再編アルバムの一曲目がこの「エレファント・トーク(Elephant Talk)」である。そこには幻想性も、叙情性も、ドラマチックな構成も、メロトロンの入る余地も残されていなかった。そしてタイトルそのままに初のアメリカ人メンバー、エイドリアン・ブリューの「ゾウの鳴きまねギター」が響き渡った。

しかしその“冷めた”感覚が何より新しかった。叙情性のまったくない“冷めた”感覚。それは歌詞にも現れている。

基本的には「ことば」の空しさを嘆いているような歌詞だ。議論、批判、対話、中傷、すべて結局はただのおしゃべりだ。ただの言葉に過ぎない。言葉で遊び言葉に遊ばれているに過ぎない。そんな印象が歌詞から伝わってくる。

第1連から「ことば」や「おしゃべり」に関係する単語が並べられる。そこにその順で並べられた深い意味はないだろう。それこそ辞書を片手にAから順に単語を探していって、適当なものを並べただけじゃないかと思われるほど脈絡はない。

ただし一応の規則性はある。第1連はA、第2連はB、第3連はC、そして第4連は歌詞にも書かれているようにDで始まる単語が並べられているというわけだ。

そして第5連はEで始まる単語。その最後に出てくるのがタイトルにもなっている「elephant talk」。ただのおしゃべりに過ぎないと繰り返し、ついにゾウの鳴く音まねまで入れて「ゾウのおしゃべりほどに人にとっては意味をなさないおしゃべりだ」と言っているかのようだ。

実際「elephant」は「white elephant」と同義でも使われ、
「white elephant」には「無用の長物、もてあまし物、大した価値のないもの、つまらないもの」という意味がある。これには次のような語源がある。

昔のタイでは、ホワイト・エレファント(白い像)は珍しいので神聖な動物と見なされており、それを捕まえると王様に献上され、王様だけがそれに乗ることができた。ところが、エサ代が高くつくという問題があった。そこで王様は、気に入らない家来にホワイト・エレファントを与えた。ところが、それを使うことも、乗ることも、処分することも許されず、ただエサ代がかさむばかりで破産に追い込まれた。

いずれにしても言葉の無意味さ、言葉に縛られていることの空虚さを歌った歌詞ということになるだろう。「ゾウの鳴きまねギター」の印象や楽しそうに歌い演奏するエイドリアン・ブリューのイメージから、コミカルなイメージがついてしまった曲だが、実はかなりシニカルである。

ちなみに「elephant tranquilizer」と言うと「合成ヘロイン」のこと。「elephant talk」に、麻薬中毒患者の意味をなさないおしゃべりを連想するリスナーもいるのかもしれない。

  

2009年8月15日土曜日

「新しい地平線」ザ・ムーディー・ブルース

原題:New Horizons / The Moody Blues(ザ・ムーディー・ブルース)

セヴンス・ソジャーン/神秘な世界
(Seventh Sojourn)収録






僕らは1人が持つに十分な夢を抱いてきた
そして僕は3人分にもあたるほどの愛を得た
僕は僕の望みが僕を癒してくれるようにし
僕は海の彼方に新しい水平線を得た

でもあなたからの大切な贈り物を決して失いたくないんだ
それは常にそのままでいて欲しいんだ
だって僕自身の心の平和を見つけていくんだ
いつの日か…

僕らが見つけたこの場所はいったいどこだろう
僕らが縛られている場所がどこか誰も知らない
僕は耳を澄ます、そして目にしたいと思う
だって自分のためにたくさんの涙を流してきたんだから

でもあなたからの大切な贈り物を決して失いたくないんだ
それは常にそのままでいて欲しいんだ
だって僕自身の心の平和を見つけていくんだ
いつの日か…

自由に舞い上がる風に乗って
あなたの翼を広げなさい
僕は見始める
景色から遠ざかり 心からも自由になって
悪夢が現実とならないところで

僕らは一人が持つに十分な夢を抱いてきた
そして僕は3人分にもあたるほどの愛を得た
僕は僕の望みが僕を癒してくれるようにし
僕は海の彼方に新しい水平線を得た

でもあなたからの大切な贈り物を決して失いたくないんだ
それは常にそのままでいて欲しいんだ
だって僕自身の心の平和を見つけていくんだ
いつの日か…
いつの日か…

Well I've had dreams enough for one
And I've got love enough for three
I have my hopes to comfort me
I got my new horizons out to sea

But I'm never going to lose your precious gift
It will always be that way
Cos I know I'm going to find my own peace of mind
Someday...

Where is this place that we have found
Nobody knows where we are bound
I long to hear, I need to see
Cos I've shed tears too many for me

But I'm never going to lose your precious gift
It will always be that way
Cos I know I'm going to find my own peace of mind
Someday...

On the wind soaring free
Spread your wings
I'm beginning to see
Out of mind far from view
Beyond the reach of a nightmare come true

Well I've had dreams enough for one
And I got love enough for three
I have my hopes to comfort me
I got my new horizons out to sea

But I'm never going to lose your precious gift
It will always be that way
Cos I know I'm going to find my own peace of mind
Someday...
Someway...

【メモ】
イギリスのバンド、ムーディー・ブルース(The Moody Blues)の7枚目のアルバム「Seventh Sojourn(神秘な世界)」より。ムーディー・ブルースをプログレッシヴ・ロックに入れるかどうかは微妙なところだが、親しみやすく深みのあるメロディーと、暖かいボーカルとグリーク風ハーモニー、そしてメロトロンやピンダトロンを駆使した広がりのある優しい世界は唯一無二なもの。

ここでは「私」と「あなた」と「私たち」が出てくる。第1連では「僕ら」と「僕」が出てくる。そこで述べられているのは「僕」と「僕ら」がともに過ごしてきた関係を振り返っているのだろうか。最終行を除き全て現在完了形なので、そうした経験を経てきているという感じだろうか。夢を抱き、愛を求め、希望にすがり、新しい水平線を海へともたらした。

「horizons」と複数形になると「思考、知識などの“地平”、視野、限界」という意味も出てくる。海の水平線にかけているのだろうが、いくつもの新しい視野、あるいは新しい人生の目的を手に入れたとも取れそうである。

しかし、第2連で僕の一番切なる思いが述べられる。「あなたからの大切な贈り物を決して失いたくない」という思い。そして「それはずっとそのままでいて欲しいんだ」という願い。

優しいJustin Hayward(ジャスティン・ヘイワード)のボーカルと、心に染み込むようなメロディー、そしてアコースティックな素朴な演奏を耳にしていると、この「あなたからの大切な贈り物」とは「あなたからの愛」ではないかと思えてくるのだ。

あなたの愛を感じることで、単純に幸福の絶頂に至り、苦しみから解き放たれるわけではない。そうした愛は若い時代の愛なんじゃないかな。「私」はあなたからの愛を支えに、自分自身の平和を見つけていこうとしている。それがいつの日になるかわからないけれど。それこそが僕が海の遠い彼方に見いだした、新しい水平線なのかもしれない。

自分たちの居場所さえわからずにいる二人。僕はこれまで涙をたくさん流してきた。でも心を閉ざさず、耳を澄まし、目を見開いて自由に舞い上がり羽を広げるあなたを見る。そして悲しみや苦しみや悪夢からも遠ざかった自由で平和な心を手にしようと思う。「僕」は、「あなたからの大切な贈り物」つまり「あなたからの愛」によって、それを目指そうとしている。

「Beyond the reach of nightmare come true」は文章として不完全で、「beyond」は前置詞だから後に文章は来れないのだ。したがって「Beyond the reach of nightmare (being)come true」であると解釈した。

愛することが目的ではなく、愛に支えられ励まされながら生きていく人生を歌った歌。あぁ、大人だ。なんだか泣けてくる。そして励まされる歌だ。

 

2009年8月9日日曜日

「スティル…ユー・ターン・ミー・オン」エマーソン,レイク&パーマー

原題:Still...You Turn Me On / Emerson, Lake & Palmer

Brain Salad Surgery恐怖の頭脳改革)収録






君は天使になりたいかい
君は星になりたいかい
君は僕のギターに
なにか魔法をかけたいかい?
君は詩人になりたいかい
君はギターの弦になりたいかい?
君なら何にでもなれる
君は誰か他の秘密捜査員の恋人になりたいかい?
君なら月に降り立つことだってできる

君は演奏者になりたいかい
ギターの弦になりたいかい
僕に言わせておくれ - それは何の意味もないこと
見せかけの自分に溺れてしまえば もう何の意味もなくなることがわかるはずさ
君の目を覆う黒いガラスによって
君の肉体は結晶化してしまっているけれど
それでも…僕は君に夢中なんだ

君は僕が頭をのせる枕になりたいのかい
君は僕のベッドの中の羽毛になりたいのかい?
君は雑誌のグラビアを飾りたいのかい;大騒ぎを巻き起こしたいかい?
日ごとに少しずつ悲しさが増し 頭がおかしくなっていく
誰かが僕にはしごを持ってきてくれるかな

君は歌手になりたいのかい
君は歌そのものになりたいのかい
僕に言わせておくれ - 君はもう十分に酷い状態さ
君だって すべてがあまりに激し過ぎると 僕が君に言わなければならないってわかるだろう
僕の経験から言えば それは何の意味もなしてはいないのさ
ただそれでも…僕は君に夢中なんだ


Do you wanna be an angel,
Do you wanna be a star,
Do you wanna play some magic
On my guitar?
Do you wanna be a poet,
Do you wanna be my string?
You could be anything.
Do you wanna be the lover of another
Undercover? you could even be
The man on the moon

Do you wanna be the player,
Do you wanna be the string,
Let me tell you something - It just don't mean a thing.
You see it really doesn't matter when you're buried in disguise.
By the dark glass on your eyes,
Though your flesh has crystallised;
Still...you turn me on.

Do you wanna be the pillow where I lay my head,
Do you wanna be the feathers lying in my bed?
Do you wanna be the colour cover of a magazine; Create a scene.
Every day a little sadder, a little madder,
Someone get me a ladder.

Do you wanna be the singer,
Do you wanna be the song?
Let me tell you something - You just couldn't be more wrong.
You see I really have to tell you that it all gets so intense
From my experience it just doesn't seem to make sense
Still...you turn me on.

【メモ】
エマーソン,レイク&パーマーの最高作と言われる「恐怖の頭脳改革(Brain Salad Sergery)」から、ベース&ボーカル&ギターのグレッグ・レイクが弾き語るように歌う叙情的な小曲。荘厳な「聖地エルサレム」、ヘヴィーな「トッカータ」と続いた後に来る、一服の清涼剤的なアコースティックな曲だ。

曲は「僕」が「君」に語りかけるような歌詞になっている。タイトルの「Still...you turn me on」から先に見てしまうと、まず「still」は「今でも、それでも」という意味。「…」で、ちょっと言いよどんで、「you turn me on」(君は僕を夢中にさせる)というふうにやわらかく解釈したが、「turn...on」は「刺激する、その気にさせる、性的に興奮させる」という意味を持つ表現。だからちょっと下品な表現にすれば「君にムラムラしちゃうぜ」っていう感じか。

そこでまず“
健全な解釈”をすると、この曲は愛する「君」への告白の歌となるだろう。「君」という女性はあれになりたいこれになりたいと自由気まま、勝手気ままに「僕」の周りにいる。しかしなりたいものは夢物語のようにたくさんあるのに「僕」自身へは目を向けてくれない。

「君ならなんでもなれる」、「誰か他の秘密調査員の恋人になりたいのかい」と、ちょっと冷静に皮肉ってみようとするけれど、第2連では、それは君自身ではない、見せかけの自分を求めているだけだと言い放つ。そしてすでに君は自分でも気づかないまま目は黒いガラスで覆われ、からだは結晶のように固まってしまっているのだ。

でも、それでも「僕は君に夢中なんだ」という一言が切ない。

第3連、第4連では、どうやら「僕」は「君」の自由な言動や振る舞いに振り回され、疲れ果てているかのような様子がうかがえる。「誰かはしごを持ってきてくれる」というのは、今いる状態から「降りたい」気持ちの表現だろうか。

第4連では「君は(それ以上悪くなれないほど)酷い状態さ」と「君」を非難する。でも、最後にはやはり「僕は君に夢中なんだ」と言ってしまう。

振り回されつつ、それでも「君」から離れられない「僕」が描かれた、切ない気持ちを描いたラヴ・ソングだ。深読みすれば、「君」への愛情はないのかもしれないが、性的魅力は絶ちがたい存在なのかもしれない。

さて、ではさらに深読みするとどうなるか。実は「turn on」には「ドラッグ体験をさせる、酔わせる」という意味がある。そうした視点から歌詞を見直してみると、「君」はドラッグを擬人化しているようにも思えてくる。「君」がしたいことは「僕」がドラッグ使用中に体験する幻覚。「君」が幻覚としてみせてくれるものの数々。「your flesh has crystallized」とあるが、ドラッグのうちコカインやヘロインは粉末状の結晶(crystal)、LSDも純粋なかたちでは透明な結晶(crystal)である。

つまり「何にでもなれる」ような幻覚を見せてくれるドラッグに対して、そんなことを続けていても、
自分を欺いているだけで何の意味もないという思いで、日々苦しさを増していく自分。もう最低のところまで落ちてしまったと思う自分。もう限界ギリギリのところまで来てしまった自分。最終連の「it all get so intense(すべてが激し過ぎる)」も意味深である。

それがわかっていながら、「それでも…お前(ドラッグ)は僕を快感に導いてくれるんだ」と、ドラッグを断ち切れない自分をさらけ出した歌。「…」の沈黙部分がとても重い。

もちろんグレッグ・レイクがドラッグ中毒に近かったかどうかは知らないし、それを以てこの曲がドラッグを歌ったかどうかを決めつける必要もない。しかし当時ドラッグ、あるいはドラッグによるトリップ体験が、リスナーの共感を得ることを知った上で、そうした深読み可能な歌詞になっているとは言えるのではないだろうか。

ちなみにアルバムタイトルの「Brain Salad Surgery」も『非常に性的な意味を含んだスラング』Wikipedia「恐怖の頭脳改革」より)であると言われる。とすれば、そのアルバムの曲にドラッグを連想させるイメージが含まれていても、違和感、異質感は感じられないであろう。それはEL&Pの特徴というより、恐らくドラッグや性的イメージを自然に受け入れる時代の雰囲気があったのではないだろうか。

グレッグ・レイクの美しい声に浸りながら、深読みの楽しさも味わいたい名曲。

なおアルバムタイトル「Brain Salad Surgery」に関する考察はこちらでどうぞ。

 

2009年8月5日水曜日

「放浪者」キング・クリムゾン

原題:Exiles / King Crimson

Larks' Tongues In Aspic(太陽と戦慄)収録








この遥か遠くの地において今
不思議なことにわたしの手のひらには
期待で汗がじっとりとにじんでいるのだ

春、空気は暖かくなっていく
街の灯り 路地裏で歩兵隊遊びをする
子どもの眼差し

友たち - 彼らは私の言いたいことをわかってくれるだろうか?
郊外の午後に降る雨 そして生い茂る緑

あぁしかし 私は行かねばならなかった
足跡は遥か後ろに置き去りにした
名声からの呼びかけに応じるために
さもなくば飲んだくれとして名を上げるだけだった
その結果今 以前よりましなこの生活で
これまでとは違った理解の仕方をするようになったし
こうした終わりなき日々から
より大きな共感を得るようになるだろうけれど
そしてまた 時というものが
孤独のもたらす害ではないと思っているのだけれど

私の家は砂浜に近い場所だった
断崖と軍楽隊が
普通の音楽を奏でていたものだ


Now in this faraway land
Strange that the palms of my hands
Should be damp with expectancy

Spring, and the air's turning mild
City lights and the glimpse of a child
Of the alleyway infantry

Friends – do they know what I mean?
Rain and the gathering green
Of an afternoon out of town

But lord I had to go
The trail was laid too slow behind me
To face the call of fame
Or make a drunkard's name for me
Though now this better life
Has brought a different understanding
And from these endless days
Shall come a broader sympathy
And though I count the hours
To be alone's no injury

My home was a place by the sand
Cliffs and a military band
Blew an air of normality


【メモ】
King Crimsonがメンバーを一新し、よりインストゥルメンタル、インプロヴィゼーション志向が強まった1973年発表のアルバム「Larks' Tongues In Aspic(太陽と戦慄)」からの一曲。

その後次第に活躍の場がなくなっていくデヴィッド・クロス(David Cross)の美しいヴァイオリンが印象的な曲。実際デヴィッド・クロスはその後も現在に至るまでこの曲を自身のレパートリーとして演奏している。彼の思い入れの強さがわかる。ずばり「Exile」(1997)というソロアルバムも出しているし。

それとともに、今ではなかなか聴けなくなったロバート・フリップ(Robert Fripp)のアコースティック・ギターや、くぐもった独特な音色のギターソロ、デヴィット・クロスのフルート、そして背後で鳴り響くメロトロンなど、この時期を印象づける爆発的なエネルギーとは別の、静かな緊張感と哀愁に溢れた、ドラマチックながらもアコースティック色の強い名曲だ。

タイトルは「Exiles」と「exile」の複数形になっているから、「私」一人のことを言っているのではなく、「私」と同じように故郷を離れ、故郷を思いながら生活している人のことを念頭に置いているのかもしれない。

もともと「exile」とは自分の生まれた、あるいは住んでいた国、町、村、家からの追放、あるいは自分の意志による亡命、異郷での長期に渡る生活を意味する。「追放」にしても「亡命」にしても、自分の心はその地に残っているが、離れざるを得なかったという悲しみ、帰れるものなら帰りたいと言う望郷の念が込められているのだ。

歌詞の出てくる「私」も、「飲んだくれの生活」から抜け出し「名声」を求めて、故郷を遥か離れた今の地で以前よりは増しな生活を営んでいる。

季節は春。ぬくもりの増す大気を感じて、何かわからないけれど期待に手のひらが汗ばむ「私」。何げない身の回りの風景。しかし思いは故郷に向けられる。故郷の友たちは、故郷を捨ててこの生活を手にした今の「私」を理解してくれるだろうかと。「名声」を求めて故郷を後にしたのだけれど、でもそうでなければ今頃飲んだくれて名を上げていたんだよと。

今の生活に満足し孤独にも慣れた「私」ではあるが、「私」の中では故郷を残して「行かねばならなかった」ことへの無念さが残っているのだ。

そして現在暮らしている郊外の緑豊かな地で、砂浜に近い場所にあった故郷の家に思いをはせる。そこには「断崖(cliffs)」を抜ける風や波の奏でる音楽(air)や軍楽隊が練習する音楽(air)が聴こえてくる場所だった。軍の駐屯地があったのかもしれない。だから「私」は「路地裏で歩兵隊遊びをする子ども(a child of the alleyway infantry)」の眼差しに思わず目を留めて、故郷への思いが甦ってしまったのだろう。

作詞はバンドメンバーではない
リチャード・パーマー・ジェイムズ(Richard Palmer-James)によるものだが、「名声」を求め、故郷を離れてツアーに明け暮れるながら「より良い生活」を手にしているバンドメンバーの気持ちにも通じるものがあったはずだ。そんな風にバンドに照らして見てみると、最後の「an air of normality」が、今バンドが突き進んでいる一種「正常でない、変則的な(abnormal)」音楽と対比させて、故郷で聞こえる音楽は平和で変化のない「普通の(normal)」ものだったと言っているようにも思える。

そうしたイマジネーションを刺激する
リチャードの詞を、バンドが音によって見事な奥行きと深みを与えた傑作である。