2011年3月10日木曜日

「ドッグ」ピンク・フロイド

原題:Dogs / Pink Floyd







「犬たち」

クレイジーになるんだ、本当に必要なものを手に入れるんだ。
眠るときも油断しちゃだめだ、街に出た時には、
目をつぶっていてもカモを見つけ出せるようにするんだ。
そして静かに移動し、風下で姿を隠し、
その時が来たら何も考えずに襲いかかるんだ。

そうやってしばらくすれば、やり方の心得に則って動けるようになる

クラブ用ネクタイ、固い握手、
ある種の魅力的眼差しにゆったりした微笑み
欺こうとする相手からは信用されるようにするんだ
そうすれば彼らが見放そうとした時
ナイフを突き立てるチャンスが得られるからさ

片方の目は肩越しに後ろを見ているんだ

わかっているだろ状況はもっと厳しくなる、
歳を取るごとにもっともっと厳しくなっていく
そして最後に荷物をまとめて南方へ高飛びだ
他の寂しい老人同様に砂浜に頭を埋めて隠れるんだ
独りぼっちで癌で死んでいくのさ

自制心を失ってしまったら、

自分がしたことの報いを受けるだろう
恐怖が大きくなるにつれ、
敵意は動きを緩めやがて石になる
もうかつて投げ捨てなければならなかった体重を減らすには手遅れだ
そして落ちぶれ始めたら、もうずぶずぶに溺れていく、孤独の中で
その石に引きずり落とされていく

僕はちょっと混乱しているんだろう

時々僕は自分がただ利用されているだけのように思えてしまうんだ
目を覚ましていなければ、
忍び寄るこの不安を払いのけようとしなければ。
自分の居場所にしっかり立っていなければ
どうやってこの迷路の出口を見つけることができるというんだ?

耳をふさぎ口をつぐみ目を閉じて、ただこう考え続けるんだ

人は皆消耗品で真実の友などいないと。
そうすれば成すべきは勝者を孤立させることだと思えてくるだろう
この世ではどんなことでも実行可能であって
そして誰もが殺人者だと心から信じるようになるだろう。

苦しみに満ちた家に生まれたのは誰だ

ファンにツバを吐かないよう仕込まれたのは誰だ
その男にやり方を教わったのは誰だ
訓練担当者にしつけられたのは誰だ
首輪と鎖をつけられたのは誰だ
賞賛の言葉を与えられたのは誰だ
集団から離れようとしたのは誰だ
家でも部外者に過ぎなかったのは誰だ
最後に虐げられたのは誰だ
電話中に死んでいるのを見つけられたのは誰だ
石の重みに引きずられて沈まされたのは誰だ
 

You gotta be crazy, you gotta have a real need.
You gotta sleep on your toes, and when you're on the street,
You gotta be able to pick out the easy meat with your eyes closed.
And then moving in silently, down wind and out of sight,
You gotta strike when the moment is right without thinking.

And after a while, you can work on points for style
Like the club tie, and the firm handshake
A certain look in the eye and an easy smile
You have to be trusted by the people that you lie to
So that when they turn their backs on you
You'll get the chance to put the knife in.

You gotta keep one eye looking over your shoulder
You know it's going to get harder,
and harder and harder as you get older
And in the end you'll pack up and fly down south
Hide your head in the sand just another sad old man
All alone and dying of cancer.

And when you lose control,
you'll reap the harvest that you have sown
And as the fear grows,
the bad blood slows and turns to stone
And it's too late to lose the weight you used to need to throw around
So have a good drown, as you go down, alone
Dragged down by the stone.
 
I gotta admit that I'm a little bit confused.
Sometimes it seems to me as if I'm just being used.
Gotta stay awake,
gotta try and shake off this creeping malaise.
If I don't stand my own ground,
how can I find my way out of this maze?

Deaf, dumb, and blind, you just keep on pretending
That everyone's expendable and no-one has a real friend.
And it seems to you the thing to do would be to isolate the winner
And everything's done under the sun
And you believe at heart, everyone's a killer.

Who was born in a house full of pain
Who was trained not to spit in the fan
Who was told what to do by the man
Who was broken by trained personnel
Who was fitted with collar and chain
Who was given a pat on the back
Who was breaking away from the pack
Who was only a stranger at home
Who was ground down in the end
Who was found dead on the phone
Who was dragged down by the stone.

 

【メモ】
1977年に発表されたPink Floydのアルバム「Animals(アニマルズ)」から、LPA面のほとんど全てが費やされた17分を越える大作「Dogs(ドッグ)」である。

発売当初の私的な印象としては、率直に言ってPink Floydらしくなくなったな、というものだった。政治批判・体制批判的視点は、それまでの神秘的な音宇宙を体験させてくれるバンドというイメージからは程遠かったし、当時勃興中のパンクに擦り寄ったかのような印象を与えた。また人々を豚・犬・羊に例えるというのも、まさにジョージ・オーウェルの「動物農場(Animal Farm)」のアイデアそのままの凡庸なものに思われた。


さらに「狂気(The Darkside of the Moon)」の成功で、自分たち自身が結果的に“大金持ち”になっているのに金持ちを批判することにも、矛盾というか説得力のなさを感じたものだ。


そしてサウンド的にも実験色・サイケデリック色がなくなり、音の面白さを感じさせてくれるアイデアにも乏しく、ストレートなロックサウンドの印象ばかりが強くて面白みが欠けている気がした。そのDave Gilmourの力強いギターサウンドに魅力を感じ出すのは、もっと後のことだ。


しかし巷で言われているように、本当にこのアルバムは豚・羊・犬をそれぞれ資本家・市民・インテリになぞらえて批判したものなのか。そこがずっと気になっていた。そこで今回、アルバムのメインとも言える一番の大曲の歌詞を、ここで取り上げることにした。


歌詞には「you(おまえ、お前たち)」と「I(僕)」が出てくる。そして「You gotta be crazy」という「you」への語りかけ、あるいはアジテーション的な言葉で曲が始まる。しかし「クレージーにならなければならない」という言葉自体に、逆に追いつめられた感じが漂う。そして第1連と第2連で、社会でうまく立ち回って利を得たり、自分を守ったりする方法が述べられる。


第3連ではその後のことまで触れられている。歳を取ったら南に高飛びしてしまえと。“南海の楽園”に脱出し余生を過ごすイメージだろうか。


ところがそこでもビーチの「砂に顔を埋めて」隠れなければならない。同じようなことをしてやって来た他の寂しい老人と同様に。そして独りぼっちで癌にでもかかって死んでいくのだと。そこには勝者の優越感も明るい未来への夢もない。待っているは癌のような病いで結局は孤独に死んでいく寂しい末路である。


うまく立ち回ったとしても、そこに幸福な未来はない。しかし上手く立ち回るための「自制心を失ったら(lose control)」、自らの「敵意(bad blood)」が大きく膨れ上がり重い石となって自分は凋落していくのだ。やはり孤独の中で。


第5連で初めて「I(僕)」という言葉が出てくる。社会で上手く立ち回っても、それに失敗して凋落しても「孤独」なことに気づいたかのように、あるいは気づかないフリをしていたのに思わず口に出てしまったかのように、「僕はちょっと混乱しているんだろう」と、もう一度気持ちを引き締めようとする。


第6連でも「耳をふさぎ口をつぐみ目を閉じて」と言う。強引に自己をコントロールしようとする姿が目に映る。「人は消耗品であり真実の友などいない」、そして「誰もが殺人者だ」と、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、「僕」は再び「you」に語り始める。


しかしここまで来ると、それはすでにそうせざるを得ない状況に追い込まれている「僕」の気持ちの反映であることがもうわかるだろう。決して成功者が成功譚を語って聴かせているわけではないのだ。


「僕」の思いは最後に爆発する。

すべてはここまで自分を殺し他人を踏み台にして生きなければならない社会や環境や背景や、その結果を綴ったものだろう。反語法的な文章と捉えれば、答えはすべて「you」であり、また「I」である。管理され阻害され続けてきた自分たちの社会、あるいは人間として生きることの辛さや理不尽さへの叫びである。

さらに言えば、批判ですらないのかもしれない。この曲の中心は「I」が抱えている大きな疎外感、孤独感なのではないか。“狡猾者への誘い”のようなアジテーションは、その屈折した感情のはけ口に過ぎない。「I」自身がそういったうまい立ち回りをしているかどうかも怪しい。むしろ最後の言葉、「石の重みに引きずられて沈まされた」人物が、一番近いのかもしれない。印象的なイメージである。そしてそれを批判し凶弾する具体的な相手が見えない無力感や苛立ちが、この曲には込められている気がするのだ。


「無縁社会」という言葉を引くまでもなく、人と人との繋がりは薄れ、逆にマニュアル的管理だけが強まっている現代社会。誰もが孤独であるこの世界。このアルバムが発売された1977年当時ロジャー・ウォーターズが抱えていたこの個人的(に思えた)疎外感と孤独感、そして閉塞感は、今誰もが共有する感覚になっている。


Pink Floydの歌詞は「狂気」から現実社会へと向き始めるが、このアルバムは高みから社会を批判するようなものではなく、うまく立ち回って生き抜こうとする人間(これがエリート・ビジネスマンなのか?)をズルい人間、あくどい人間として批判しているわけでもない。「Dogs」が「インテリ層批判」であるという指摘は的外れだと言えるだろう。発売当初に感じていた「単純な社会批判」ではなかったということである。


ちなみに「ファンにツバを吐く」というのは、爆竹を鳴らしリクエストした曲をやるように騒いでいた“ファン”に対して、怒りの限界を越えたウォーターズがツバを吐いたという本アルバム発表後のコンサートの出来事により、現実のことになる。


10 件のコメント:

  1. "loose control" should be "lose control"

    返信削除
    返信
    1. Thanks a lot!! I made an easy mistake...

      削除
  2. Ӏ think thіs iѕ amοng the mоst іmportant info for me.
    Аnd i'm glad reading уour article. Βut should remark on few genеral
    things, Thе web site style іs ideal, the articles іs really nice : D.
    Gоod job, cheers

    Mу site look at this website

    返信削除
  3. あなたの超訳と解釈に、感動しました。
    私も、77年高校二年生の時にこのアルバムを手にし、訳詞や渋谷某の解説に強い違和感を覚えたものです。特に犬は、インテリを扱うにしては、あまりにも内容が混乱しています。
    あなたの解釈から、犬=私=ロジャーと気付いた時、全ての謎が解けたように思えました。

    狂気の、当のフロイドメンバーですら想像がつかなかったモンスター級の大成功は、彼らを有頂天にさせるどころか、不安と恐怖と孤立に追い込みます。
    そのさなかでもがき苦しみ、虹の向こうに去ってしまった旧友に救いを見出だそうとした炎が生まれた
    のは有名な話ですが、同様に、犬と羊の原形が同時期に完成していたこともまた、有名です。
    要するに、炎とアニマルズは狂気の成功で一転してしまった環境に放り込まれた彼らの叫びであり、その後のバンド崩壊の序章であったように思われてきました。
    いずれにせよ当時の彼らは、狂気の成功で、業界上層部からも信じていたファンからも二匹目のドジョウを求められていたはずです。しかし、バンド(少なくともロジャー)は、自らの苦悩を叫び続けることを選択しました。それは、狂気の成功に満足したからではなく、もうそれ以外の事が考えられなくなってしまったからでしょう。痛みに満たされた人は、もう「痛い‼」と叫ぶ以外考えつかないのです。
    その極みが壁ということなんだと思います。
    あれだけの成功を納めたバンドが、セールス的には更に成功しながら、メンバーを失い、異様なステージを繰り返し、とんでもない借金を抱え、メンバー間で法廷闘争を繰り広げ、空中分解していくその後の様を思うにつけ、成功とは何なんだろうと、改めて考えさせられます。

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございました。とても励みになりました!

      削除
  4. 『ちなみに「ファンにツバを吐く」というのは、爆竹を鳴らしリクエストした曲をやるように騒いでいた“ファン”に対して、怒りの限界を越えたウォーターズがツバを吐いたという本アルバム発表後のコンサートの出来事により、現実のことになる。』
    上記の解説について違和感を感じたのでコメントさせていただきます。spit in the fanの訳ですが、私はspit to the fanならファンに唾を吐くで良いと思うんですがin the fanだと違うと思うんですよ。確かにinには~の方に向かってという意味もあるにはあると思いますがこの場合は楽しい雰囲気を壊さないといった意味合いなんじゃないかと思います。元英語の先生の訳が間違っていると言うつもりはありませんが私も一応大学院で英語を学んでいる手前違和感を感じましたので。長々と失礼いたしました。

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございます。
      確かに「spit to the fan」ではなく「spit in the fan」なので、「ファンがいる場所で/ファンに取り囲まれている時に、唾を吐かない」の方が良さそうですね。ファンに敵意や反感を持っているのではなく、“しつけ”としてそれはいけないと言われている感じでしょうか。人前で吠えないように犬をしつけるみたいに。
      ありがとうございました!

      削除
  5. はじめまして!
    素敵な訳で歌詞の意味が深く理解できました。
    私は趣味でHard RockやProgressive RockのVocal録音をしています。このDogsを録音したのですが、VideoにTAKAMO様の訳詩を載せてYoutubeで公開したいのですがよろしいでしょうか?

    返信削除
    返信
    1. Deiyan 様
      コメントありがとうございます。あくまで一つの解釈ですが、ご利用いただけるとしたらうれしいです。
      ありがとうございます!

      削除
  6. こんばんは!
    公開させていただきました。とてもいい雰囲気になりました。ありがとうございました。*^^*

    返信削除