2011年3月29日火曜日

「翼のある友」グリーンスレイド

原題:Feathered Friends / Greenslade





 


「鳥たち(翼のある友たち)」

何を飲む?さぁ君に乾杯
そしてかつて空を飛び回った鳥たちすべてに乾杯だ。
陸にも海にも空にも動くものはいなくなってしまった。

もし僕らがここから自力で出ることができるのなら今が旅立つ時だ
太陽がまだ輝いているうちに
例え僕らが今ちょうど飛ぶ練習をしているところだとしても
僕らは何とかやっていけるだろう、少しずつ少しずつ。

すべてを死なせたのは毒だったのか?
それとも計画だけ立てておきながら助けようとしなかった人間だったのか?
指導すべき者として選ばれた少数の人間は嘘をつくことを選んだに違いない

僕らの知っていることを他の人たちに知らせるなら今がその時だ
平坦な道ではない
例え僕らがそのゲームでは新米であったとしても
もし僕らが失敗したとしても責めを負う人なんているのか?

もし僕らがここから自力で出ることができるのなら今が旅立つ時だ
太陽がまだ輝いているうちに
例え僕らがそのゲームでは新米であったとしても
もし僕らが失敗したとしても責めを負う人なんているのか?

何を飲む?さぁ君に乾杯
そしてかつて空を飛び回った鳥たちすべてに乾杯だ。
陸にも海にも空にも動くものはいなくなってしまった。

 
What's your poison?  Well here's mud in your eye
And here's to all our feathered friends that used to fly.
Gone is all motion, on land and in ocean and sky.

It's time to leave if we can heave ourselves away from here
While the sun is still burning
Even though we're just learning to fly
We can get by, by and by.

Was it poison that made everything die?
Or was it man who planned to help, but didn't try?
The few that were chosen to lead must have chosen to lie.

It's time to go if we're to show the others what we know.
The route isn't easy.
Even though we're just new to the game
Who's left to blame if we fail?

It's time to leave if we can heave ourselves away from here.
While the sun is still burning.
Even though we're just new to the game.
Who's left to blame if we fail.

What's you're poison? Well here's mud in your eye.
Here's to all our feathered friends that used to fly.
Gone is all motion on land and in ocean and sky.

【メモ】
ツイン・キーボードが大きな特徴であるイギリスのバンドGreenslade(グリーンスレイド)のデビューアルバムから、冒頭の1曲である。

1stアルバム全7曲中3曲がインストゥルメンタルとなっていることから、インストゥルメンタル主体の超絶技巧キーボードアルバムだと期待すると大きく外れる。むしろバランス良く歌と演奏が組み合わされたボーカル曲が持つ世界がメインであり、インストゥルメンタル曲もその世界の中に置かれている感じだ。

プログレッシヴ・ロックの範疇に入れられることが多いが、実験的な試みを押し進めていくタイプでもなく、二人のキーボード奏者のスリリングな掛け合いを味わったりするテクニカルなタイプでもない。ポップセンスといかにもイギリス的な渋いキーボードの音が全体を包み込む、奇をてらったところの無い作風が逆に魅力な作品だ。


さてその最初の曲ではいったい何が歌われているのだろう。
  
まずタイトルであるが、「Feathered Friends」とは直訳すれば「翼の生えた友達」ということだけれど、口語的表現として「鳥(鳥類)」を示す言葉である。しかし歌詞の内容を見ていくと、「鳥」というイメージに託して、今未知の世界へ飛び立とうとする「僕ら」のことを歌っていることがわかる。その意味では「翼のある友」という日本語訳も決して的外れではない。

「What's your poison?」は口語で「何を飲む?」という意味で、ここでは「毒」ということではない。「poison」は「酒」のこと。次の「Here's mud in your eye(気味の健康を祝して乾杯!)」につながる言葉である。乾杯するのは「君」と「僕」、そして「かつて空を飛び回った鳥たちすべて」である。つまり「君」も「僕」も「かつて空を飛び回った鳥たち」と同じ存在として並べられているということだ。
  
第1連最終行で「陸にも海にも空にも動くものはいなくなってしまった」とあることから、「かつて」の「鳥」たちの後を継ぐべく、「鳥」たちへ敬意を払いつつ「君」と「僕」はその後を継ごうとしているかのようである。
  
第2連でそれはより明確になる。「僕らが自力でここから出ることができるのなら、今が旅立つ時だ」と、これから自分たちの力で、自分たちの意志で、行動を起こそうとしている様子がうかがえる。「leave」は「旅立つ」と訳したが、基本的には「今いる場所から立ち去る」という意味合いが強い言葉だ。つまり何か目標や目的に向って邁進するというよりは、現状を脱したいという気持ちが強く感じられる表現なのだ。
  
「太陽が輝いているうちに」とは、自分たちが旅立つことに意味があるうちに、つまりそこにまだ希望が感じられるうちに、という感じだろうか。僕らはまだ十分に飛ぶ練習をし終わったわけではない。でも何とかなる。例え少しずつでも何とか飛び続けていけるようになる。待っていてはだめなのだ、行動を起こすこと、あるいは行動を起こしながら自分たちも成長していくのである。
  
鳥(feathered friends)の巣立ちに例えて、自分たちの新たな旅立ち、あるいは現状を変えようとする行動への第一歩を今踏み出そうとしている決意が、ここには示されている。
  
第3連では、ではなぜ「僕ら」は行動を起こそうとしているのかが語られる。「すべてを死なせたのは毒だったのか?」と問いかける。ここで冒頭の「poison」が再び使われるが、今度は「毒」であろう。同じ単語を並べながら異なる意味で使っている巧みな表現だ。
  
「すべて」とは、今はどこにもいなくなってしまった鳥たちを指すと考えられる。それは自由に人間らしく夢を追いながら生活していた人々のことを指しているように思える。そうした人々は今はいなくなってしまったのだ。それは「毒」せいなのか?それとも「計画しながら実際には助けなかった人間のせいなのか?」。「毒」も「人間」が盛ったものかもしれない。とすれば「殺そうとして殺した」ことになるし、「助けようと計画しながら助けなかった」のは、言わば「見殺し」にしたということになる。
  
それが具体的にどのような状況を示しているのかは、歌詞の中だけではわからない。「陸・海・空」と並べられると、戦争がイメージされる。時はまさにベトナム戦争の真っただ中だ。イギリスは直接参戦はしていないが、ジョン・レノンによる反戦活動など、イギリスにおいても若者の間での反戦意識は高かったと思われる。
  
しかしまた戦争に限定しているわけでもない。むしろそれをも含めた現状、今の社会に対する反発であると広く取った方が良いかもしれない。それは為政者たちの愚行へ向けられた非難からも感じられる。「指導すべき者として選ばれた少数の人間は嘘をつくことを選んだに違いない」とは、簡単に言えば「政治家は嘘つきだった」ということである。
  
第4連では「僕ら」の行動の中身が示唆される。それは「僕らの知っていることを、まだ知らぬ他の人たちに示し伝えること」である。「反戦運動」もそうであるが、そうした政治的意識をあまり持っていなかった人たちに対し、自分たちが率先して政治的腐敗(嘘をつく為政者)や社会的衰退(飛ぶものはなにもいなくなった)を知らしめていこうということであろう。
  
しかし「The route isn't easy(その道は平坦なものではない)」。「僕ら」はまだ飛ぶことすら満足にできないのだ。あるいはそうしたゲーム(政治的活動)には新米(未経験)なのだ。

続く「Who's left to blame if we fail?(もし僕らが失敗したとしたら、誰がその責めを負うのだろう?)」という文は、実際に責めを負うことになる人が誰かを問うているわけではないと解釈した。つまり反語法である。「僕らが失敗したとしても、誰がその責めを負うというのか?誰も責められはしないのだ。」ということだ。
  
つまり、「僕ら」が起こそうとしている行動は、例え失敗に終わったとしても、意義のある行動、しなければならない必要な行動なのだという確信を「僕」は持っているのだ。失敗を気にしたり心配する必要はない。「僕ら」のやろうとしていることは正しいことなのだから。ここからは、現状を変えるためにとにかくまず自分から行動を始めなければいけないという強い意志が感じられるのである。
  
この歌からは、「(真実を)知っている」若者である「僕たち」が、それを暴き社会を変えていこうと行動を起こすにあたっての“出陣式”にも似た場面が目に浮かぶ。「僕ら」は先陣たちに敬意を表しつつ、自分たちが開こうとしている未来に向かって「乾杯」しているのである。しかしそれが単なる体制批判ではなく希望を胸に行動を起こす「僕ら」に焦点を当てていることで、前向きな力を持った曲になっていると言えよう。
  
自分たちが行動を起こすことで、社会や世界は変えることができると思えた時代、あるいはそうした考え方が大きなうねりとなった時代。そんな1970年代前後における、純粋でかつ無謀であったが熱い思いに溢れていた若者らしい歌詞である。ちなみにアルバム発表は1973年のことだ。

 

2011年3月10日木曜日

「ドッグ」ピンク・フロイド

原題:Dogs / Pink Floyd






「犬たち」

クレイジーになるんだ、本当に必要なものを手に入れるんだ。
眠るときも油断しちゃだめだ、街に出た時には、
目をつぶっていてもカモを見つけ出せるようにするんだ。
そして静かに移動し、風下で姿を隠し、
その時が来たら何も考えずに襲いかかるんだ。

そうやってしばらくすれば、やり方の心得に則って動けるようになる
クラブ用ネクタイ、固い握手、
ある種の魅力的眼差しにゆったりした微笑み
欺こうとする相手からは信用されるようにするんだ
そうすれば彼らが見放そうとした時
ナイフを突き立てるチャンスが得られるからさ

片方の目は肩越しに後ろを見ているんだ
わかっているだろ状況はもっと厳しくなる、
歳を取るごとにもっともっと厳しくなっていく
そして最後に荷物をまとめて南方へ高飛びだ
他の寂しい老人同様に砂浜に頭を埋めて隠れるんだ
独りぼっちで癌で死んでいくのさ

自制心を失ってしまったら、
自分がしたことの報いを受けるだろう
恐怖が大きくなるにつれ、
敵意は動きを緩めやがて石になる
もうかつて投げ捨てなければならなかった体重を減らすには手遅れだ
そして落ちぶれ始めたら、もうずぶずぶに溺れていく、孤独の中で
その石に引きずり落とされていく

僕はちょっと混乱しているんだろう
時々僕は自分がただ利用されているだけのように思えてしまうんだ
目を覚ましていなければ、
忍び寄るこの不安を払いのけようとしなければ。
自分の居場所にしっかり立っていなければ
どうやってこの迷路の出口を見つけることができるというんだ?

耳をふさぎ口をつぐみ目を閉じて、ただこう考え続けるんだ
人は皆消耗品で真実の友などいないと。
そうすれば成すべきは勝者を孤立させることだと思えてくるだろう
この世ではどんなことでも実行可能であって
そして誰もが殺人者だと心から信じるようになるだろう。

苦しみに満ちた家に生まれたのは誰だ
ファンにツバを吐かないよう仕込まれたのは誰だ
その男にやり方を教わったのは誰だ
訓練担当者にしつけられたのは誰だ
首輪と鎖をつけられたのは誰だ
賞賛の言葉を与えられたのは誰だ
集団から離れようとしたのは誰だ
家でも部外者に過ぎなかったのは誰だ
最後に虐げられたのは誰だ
電話中に死んでいるのを見つけられたのは誰だ
石の重みに引きずられて沈まされたのは誰だ
 

You gotta be crazy, you gotta have a real need.
You gotta sleep on your toes, and when you're on the street,
You gotta be able to pick out the easy meat with your eyes closed.
And then moving in silently, down wind and out of sight,
You gotta strike when the moment is right without thinking.

And after a while, you can work on points for style
Like the club tie, and the firm handshake
A certain look in the eye and an easy smile
You have to be trusted by the people that you lie to
So that when they turn their backs on you
You'll get the chance to put the knife in.

You gotta keep one eye looking over your shoulder
You know it's going to get harder,
and harder and harder as you get older
And in the end you'll pack up and fly down south
Hide your head in the sand just another sad old man
All alone and dying of cancer.

And when you lose control,
you'll reap the harvest that you have sown
And as the fear grows,
the bad blood slows and turns to stone
And it's too late to lose the weight you used to need to throw around
So have a good drown, as you go down, alone
Dragged down by the stone.
 
I gotta admit that I'm a little bit confused.
Sometimes it seems to me as if I'm just being used.
Gotta stay awake,
gotta try and shake off this creeping malaise.
If I don't stand my own ground,
how can I find my way out of this maze?

Deaf, dumb, and blind, you just keep on pretending
That everyone's expendable and no-one has a real friend.
And it seems to you the thing to do would be to isolate the winner
And everything's done under the sun
And you believe at heart, everyone's a killer.

Who was born in a house full of pain
Who was trained not to spit in the fan
Who was told what to do by the man
Who was broken by trained personnel
Who was fitted with collar and chain
Who was given a pat on the back
Who was breaking away from the pack
Who was only a stranger at home
Who was ground down in the end
Who was found dead on the phone
Who was dragged down by the stone.

 
【メモ】
1977年に発表されたPink Floydのアルバム「Animals(アニマルズ)」から、LPA面のほとんど全てが費やされた17分を越える大作「Dogs(ドッグ)」である。

発売当初の私的な印象としては、率直に言ってPink Floydらしくなくなったな、というものだった。政治批判・体制批判的視点は、それまでの神秘的な音宇宙を体験させてくれるバンドというイメージからは程遠かったし、当時勃興中のパンクに擦り寄ったかのような印象を与えた。また人々を豚・犬・羊に例えるというのも、まさにジョージ・オーウェルの「動物農場(Animal Farm)」のアイデアそのままの凡庸なものに思われた。

さらに「狂気(The Darkside of the Moon)」の成功で、自分たち自身が結果的に“大金持ち”になっているのに金持ちを批判することにも、矛盾というか説得力のなさを感じたものだ。

そしてサウンド的にも実験色・サイケデリック色がなくなり、音の面白さを感じさせてくれるアイデアにも乏しく、ストレートなロックサウンドの印象ばかりが強くて面白みが欠けている気がした。そのDave Gilmourの力強いギターサウンドに魅力を感じ出すのは、もっと後のことだ。

しかし巷で言われているように、本当にこのアルバムは豚・羊・犬をそれぞれ資本家・市民・インテリになぞらえて批判したものなのか。そこがずっと気になっていた。そこで今回、アルバムのメインとも言える一番の大曲の歌詞を、ここで取り上げることにした。

歌詞には「you(おまえ、お前たち)」と「I(僕)」が出てくる。そして「You gotta be crazy」という「you」への語りかけ、あるいはアジテーション的な言葉で曲が始まる。しかし「クレージーにならなければならない」という言葉自体に、逆に追いつめられた感じが漂う。そして第1連と第2連で、社会でうまく立ち回って利を得たり、自分を守ったりする方法が述べられる。

第3連ではその後のことまで触れられている。歳を取ったら南に高飛びしてしまえと。“南海の楽園”に脱出し余生を過ごすイメージだろうか。

ところがそこでもビーチの「砂に顔を埋めて」隠れなければならない。同じようなことをしてやって来た他の寂しい老人と同様に。そして独りぼっちで癌にでもかかって死んでいくのだと。そこには勝者の優越感も明るい未来への夢もない。待っているは癌のような病いで結局は孤独に死んでいく寂しい末路である。

うまく立ち回ったとしても、そこに幸福な未来はない。しかし上手く立ち回るための「自制心を失ったら(lose control)」、自らの「敵意(bad blood)」が大きく膨れ上がり重い石となって自分は凋落していくのだ。やはり孤独の中で。

第5連で初めて「I(僕)」という言葉が出てくる。社会で上手く立ち回っても、それに失敗して凋落しても「孤独」なことに気づいたかのように、あるいは気づかないフリをしていたのに思わず口に出てしまったかのように、「僕はちょっと混乱しているんだろう」と、もう一度気持ちを引き締めようとする。

第6連でも「耳をふさぎ口をつぐみ目を閉じて」と言う。強引に自己をコントロールしようとする姿が目に映る。「人は消耗品であり真実の友などいない」、そして「誰もが殺人者だ」と、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、「僕」は再び「you」に語り始める。

しかしここまで来ると、それはすでにそうせざるを得ない状況に追い込まれている「僕」の気持ちの反映であることがもうわかるだろう。決して成功者が成功譚を語って聴かせているわけではないのだ。

「僕」の思いは最後に爆発する。
すべてはここまで自分を殺し他人を踏み台にして生きなければならない社会や環境や背景や、その結果を綴ったものだろう。反語法的な文章と捉えれば、答えはすべて「you」であり、また「I」である。管理され阻害され続けてきた自分たちの社会、あるいは人間として生きることの辛さや理不尽さへの叫びである。

さらに言えば、批判ですらないのかもしれない。この曲の中心は「I」が抱えている大きな疎外感、孤独感なのではないか。“狡猾者への誘い”のようなアジテーションは、その屈折した感情のはけ口に過ぎない。「I」自身がそういったうまい立ち回りをしているかどうかも怪しい。むしろ最後の言葉、「石の重みに引きずられて沈まされた」人物が、一番近いのかもしれない。印象的なイメージである。そしてそれを批判し凶弾する具体的な相手が見えない無力感や苛立ちが、この曲には込められている気がするのだ。

「無縁社会」という言葉を引くまでもなく、人と人との繋がりは薄れ、逆にマニュアル的管理だけが強まっている現代社会。誰もが孤独であるこの世界。このアルバムが発売された1977年当時ロジャー・ウォーターズが抱えていたこの個人的(に思えた)疎外感と孤独感、そして閉塞感は、今誰もが共有する感覚になっている。

Pink Floydの歌詞は「狂気」から現実社会へと向き始めるが、このアルバムは高みから社会を批判するようなものではなく、うまく立ち回って生き抜こうとする人間(これがエリート・ビジネスマンなのか?)をズルい人間、あくどい人間として批判しているわけでもない。「Dogs」が「インテリ層批判」であるという指摘は的外れだと言えるだろう。発売当初に感じていた「単純な社会批判」ではなかったということである。

ちなみに「ファンにツバを吐く」というのは、爆竹を鳴らしリクエストした曲をやるように騒いでいた“ファン”に対して、怒りの限界を越えたウォーターズがツバを吐いたという本アルバム発表後のコンサートの出来事により、現実のことになる。